1. 3.警鐘を鳴らす――Sam ShepardのThe God of Hell におけるアメリカの危機

3.警鐘を鳴らす――Sam ShepardのThe God of Hell におけるアメリカの危機

森本 道孝 大阪大学(院)


Sam Shepardの劇作品の中で、父親と息子、兄弟間の対立を扱い、家族という単位を中心に血縁関係をテーマとする作品群の評価は高い。それに対し、90年代以降の作品群の評価は概して芳しくないが、2005年発表のThe God of Hell は、アメリカがはらむ危機への彼の問題意識をこれまでよりも明確に扱っていて評価することができる。作品中でこの危機感を示すのは、見えざるものの恐怖を示唆するプルトニウムと、秘密の地下への隠蔽とその失敗であり、舞台に最後に残る女性が鳴らすベルは、この危機に対する警鐘となる。

まず、作品タイトルのthe god of hellは、作中でHaynesが説明する通り、Plutoのことである。この神から名がついたプルトニウム(plutonium)の影響から、Haynesは体から青色の光を発するようになり、これはさらに彼と接したFrankへ感染していく。この感染力は目に見えないものが徐々に広がっていくことに対する人々の恐怖を如実に示す。また、この影響はEmmaがこれまで育てていた植物にも及ぶ。ShepardのWhen the World Was Green(1997)という劇のタイトルから読み取れる、すでにgreenでなくなってしまった世界への彼の関心は、The God of Hell のFrankの「かつて世界は完璧だった、冷戦の時代が恋しい」という発言とリンクする。つまり、世界を完璧でなくしたのは、冷戦時代終結と時を同じくする湾岸戦争、さらには対イラク戦争へのアメリカの猛進であると言いたいと考えられる。作品の中でアメリカ国旗への言及を多用するなど、しきりに読者・観客に、アメリカという国家に対する意識を持たせようとしていることを考え合わせると、Shepardはあらゆるものに悪影響を与えていく見えざるプルトニウムの恐怖を扱うことで、知らぬうちにアメリカが世界に与えている影響の大きさを示しているのだと言える。

また、Shepardの劇作品においては、例えばBuried Child (1978)での、近親相姦の結果生まれた子供を殺害し地中に埋める行為のように、秘密の地下への隠蔽とその暴露という構図が頻出する。The God of Hell では、政府のプロジェクトの実験からの逃亡者とされるHaynesが、友人Frankと妻Emmaの家の地下に匿われるが、そこに追っ手としてやってきたWelchの巧みな誘導により、Emmaは秘密の隠蔽に失敗し、Haynesを危機にさらしてしまう。プルトニウムの由来が地獄神Plutoであり、地獄が地下にあることを考えると、秘密の地下への隠蔽と暴露についての考察と、地中に埋めようとも影響力を失わないプルトニウムの検証は繋がりを持つ。

Shepard劇の結末には、男性が舞台上を去った後に女性が残るという光景が目立つ。The God of Hell の結末では、一人残った女性Emmaが、夫に助けを求めるために、玄関のベルを鳴らし続ける。このベルは劇中で追っ手のWelchの登場の際にすでに二度鳴らされ不吉さを象徴する。ここまでの考察を踏まえると、このベルは、プルトニウムの感染力が示唆するアメリカの危機的現状に対する、文字通りの警鐘の役目を担うと考えてよい。このように考えると、The God of Hell という劇は、Sam Shepardの従来の劇作の特徴を持ちつつ、よりグローバルな視点を前面に押し出す作品と位置づけられ、評価できる。