1. 4.予定調和の亡霊――Simpatico に見るアメリカ経済システムの行方

4.予定調和の亡霊――Simpatico に見るアメリカ経済システムの行方

森  瑞樹 大阪大学(院)


現代アメリカ演劇界にその名を刻み続けるSam ShepardのSimpatico (1995)は、過去に犯した「競走馬すり替え」という詐欺事件にまつわる共謀と裏切りの果てに明暗を分けた二人の人物を主軸として展開し、亡霊のように生きることを余儀なくされた男(Vinnie)がアメリカ経済界を牛耳るまでに成り上がった男(Carter)を引きずり落としにかかる物語だ。周到にプロット化された感を与えるこの作品では、暴力的で男性的なShepard劇の手法は影を潜めているものの、「欺瞞」、「過去の掘り起こし」等、これまでShepard劇で描かれてきたライトモチーフは確実に継承されている。

しかしながら、「ハロウィンの時期」という舞台設定に着目すると、その「過去の掘り起こし」がこの作品では異相を浮かべ始める。つまり、亡霊のようにあらゆるシーンでトリックを仕掛けて回るVinnieの謀策は一定のレベルでは首尾よく機能するものの、他方では予定調和的なイベントとして低次の機能しか持たず、再び現実へと回収されてゆくのだ。

冷戦期を経たソ連崩壊により相対的に勝利を得たアメリカ経済システムは、その相対性からして不全性、矛盾を内包したものであることは言うまでも無く、様々な批判、断罪が繰り返されてきた。だがそれらはアメリカが突き進んできた経済大国への過程において既に予定されたものだったと言うことも出来る。換言すれば、アメリカの経済システムが本質的に不完全なものである限り、アメリカに対する批判、断罪は内在化され回収され続けてしまうということでもある。これをアメリカ批判の一つの限界とすることも出来るだろう。そしてこのアメリカへの対抗言説の姿は予定調和的なハロウィンの亡霊としてトリックを仕掛けるVinnieが体現するところだと論じることも可能だ。だがこの作品は、そのようなアメリカ経済システムと対抗言説のあり様への痛烈なアイロニーを提示するのみではない。

本発表では、まず批判を内在化してしまうアメリカの諸相を起点として論を展開してゆく。その上で「すり替え」、「遺伝・血統」、「亡霊」等のターム、さらにこの作品が競馬にまつわる背景で展開してゆくことに着目し、アメリカ経済システムの変容とその行方、また対抗言説の可能性を探ってゆく。