1. 3.ティファニーで冷戦を――Breakfast at Tiffany's における航空旅行の地政学

3.ティファニーで冷戦を――Breakfast at Tiffany's における航空旅行の地政学

三添 篤郎 筑波大学(院)


冷戦初期の合衆国政府は、反共主義に根ざして航空旅行産業を再編すると共に、一連の「holiday言説」を産み出した。それはRoman Holiday (1953)などのハリウッド映画、ベルリッツを中心とした外国語学習ブーム、Holiday誌などの旅行雑誌刊行を通じて、大衆文化領域から形成された。ヒロインHoliday Golightlyを主人公とするTruman CapoteのトラヴェローグBreakfast at Tiffany’s が刊行されたのは、「holiday言説」が相次いで生成され、東西対立が確立していた1958年である。本発表においてテクストは、この同時代の航空旅行言説との隣接関係から論じられる。

南部のテキサスから逃避し、第二次大戦中にニューヨークで社交生活を送り、その後リオデジャネイロへ旅立っていくHolidayの足取りを、冷戦期の航空旅行政策が提示した世界地図に重ね合わせることは可能だ。彼女は、「赤」から逃れるためにティファニーという資本主義的空間に通うと同時に、同居人Magにベルリッツを推奨し、自らもポルトガル語学習用LPレコードを所持している。さらに“Miss Holiday Golightly; Traveling”を標語に、海外旅行への欲望を隠そうともしない。彼女がリオデジャネイロへの旅行を待望する契機となった、ブラジルの外交官Jose Ybarra-Jaegarとのロマンスは、パン・アメリカ的な自由主義同盟「リオ条約」と「holiday言説」を物語のなかで接合するものだ。

一方で既に指摘があるように、Holidayは異性愛中心主義を否定する反制度的なヒロインであることも見逃されるべきではない。これは、彼女が「木曜日」という平日に執拗に拘り続けることで“holiday”の意味を拡散させる行為にも見て取ることができる。この記号内容の攪乱は、Holidayが との関係が破綻してもなおリオデジャネイロに旅立とうと、ニューヨークのアイドルワイルド空港を利用する結末で真骨頂を見る。48年7月の開港式でHarry S. Truman大統領が、ラテン諸国との友好関係を補強すると演説したアイドルワイルド空港は、最終的に彼女にとっては、合衆国内の性的・人種的な抑圧から抜け出すための反制度的空間として正反対に読み換えられているのである。これは彼女の特技「窃盗」が、最もリアルな政治性と結びついたものといえる。

Holiday Golightlyという名が本名を秘匿するために自覚的に用いられた偽名であるように、物語全体もまた航空旅行言説ひいては冷戦言説を自覚的に取り込みつつその位相をずらしていくものである。テクストは自意識的な枠物語としてHolidayの遍歴を物語っているのみならず、サブプロットでも擬似スパイ活動や国際的な麻薬密売シンジケートの摘発事件など、赤狩りや反共ナラティヴが極めて巧妙に転用されている。Breakfast at Tiffany’s はこのように冷戦が構造化されていくプロセスを「holiday言説」を通じて多層的に模倣しつつ、なおかつそれを転覆させていく脱冷戦的テクストである。大衆の地政学的想像力を要した冷戦構造は、それ故に大衆の想像力によって解体される論理をつねにすでに内在していたことを、本発表は文学テクストから明らかにする。