1. 1.In the Cage の読者と作者――Henry Jamesの作品におけるアイデンティティの問題

1.In the Cage の読者と作者――Henry Jamesの作品におけるアイデンティティの問題

齊藤 園子 鈴鹿工業高等専門学校


本発表では、Henry Jamesの作品のうち、作家や芸術家を扱う短編や中編に焦点をあて、〈作者〉と〈読者〉の役割の重複と変容に着目する。

こうした作品は、Jamesが自らを作中人物として客観化し、省察した自己再帰的(self-reflexive)な作品だと言える。また、国際テーマや幽霊を扱った作品群とアイデンティティの問題を共有しているようである。例えば、中編In the Cage(1898)は、語り手が視点の中心に置く女性電信士が読者および作者として機能している点で重要である。

雑貨店の一角にある電信局の仕切りは「社会的・職業的な深い溝を象徴する構造」であり、電信士の属する労働者階級と送信者である貴族階級とを隔てている。この電信局で電信文を処理する電信士にとって、その作業は構造の檻の中で無数の砂を数えるに等しい。

しかし、やがて電信士はある貴族の男女に惹かれ、その極端に短縮化・暗号化された電信文を読み解き、檻の外の世界を再構築しはじめる。この意味で彼女は読者である。さらに、記号のギャップを補いながら読み進める行為は、ギャップに積極的に書き入れる行為、あるいは書き換える行為である。電信士は作者として檻の外に働きかけるのであるが、自分が再構築した世界と現実との隔たりに愕然とすることになり、その活動の困難さにも直面することになる。この電信士の活動は、Jamesが “The Art of Fiction”で述べる芸術家の活動にも通じる活動である。

電信士のアイデンティティは、無数の境界を横切りながら変容するものである。実にこの女性電信士は三人称で言及されるのみで無名である。これは、この小説を読む読者に、自分自身を取り巻く「檻」に気づかせる。また電信士の活動は、James自身の作家としてのあり方にも示唆的である。Jamesは読者に、自分が残しておいた空白を作品の効果が最大限になるように埋めていくことを期待する。しかし “relations stop nowhere”という有名な言葉には、読者によって持ち込まれる記号の連鎖の介入によって、テクスト上の表象が同一性を維持できないことへの不安が凝縮されているようである。

Jamesは晩年、ニューヨーク版出版にあたって、自分の作品を読み直す読者、そして改訂する作者としての自身の役割を意識することになったようである。In the Cageのような作品は、文字を介してコミュニケーションを図る〈作者〉と〈読者〉、そしてその役割の重複の中で作品が織り上げられていく様を描いていると言える。

こうした作品における主体のアイデンティティは、James作品で多用される幽霊のアイデンティティと重なり、国際テーマの作品に見られる安定した場所の欠如と主体の流動性の問題とに関連していると思われる。