1. 2.Sheet Musicのアメリカ――戦前大衆音楽の印刷出版とジャーナリズム

2.Sheet Musicのアメリカ――戦前大衆音楽の印刷出版とジャーナリズム

中田  崇 和光大学


楽譜の出版販売業はアメリカでは18世紀末あたりに始まったとされる。当初は、ヨーロッパからの輸入楽譜とともに、限られた一部の専門家や愛好家に向けたものだった。19世紀に入ると中産階級層を中心に自宅で音楽を楽しむ習慣が浸透し、気軽に演奏できる身近な大衆音楽が新たに出版販売の主力となった。19世紀の後半には、ピアノを筆頭に家庭における楽器の所有率が高まり、家族のメンバーが楽器を囲んで団欒の時間を過ごすという一つの構図ができあがる。大衆音楽の楽譜は爆発的に売り上げを伸ばし、「ティン・パン・アレー」の出版社たちは、大ヒット続出の時勢に乗って、絶え間なく無数の楽譜を市場に送り出した。世の中は機械化と大量生産の時代であり、楽譜出版社も音楽工場としてひたすら「商品=歌」を量産したのである。

出版楽譜はそのまま“Sheet Music”として商業的にカテゴリー化され、ラジオやレコードが普及する以前の最も有力な音楽配信メディアとなった。本発表では19世紀から20世紀初頭に流通したSheet Musicを取り上げるが、それらは単に五線上に音符が並んだだけのものではない。楽器演奏に合わせて歌うための詞に加えて、各タイトルの内容を視覚的にイメージさせる表紙カバー絵(後のレコードジャケットに相当する)もついている。 Sheet Musicは「音楽」「言葉」「装画」の三要素で構成される独特の出版物だった。

Sheet Musicはあくまでも商品であり、芸術音楽とは根本的に在り方が異なる。何よりも売れることが最優先で、買い手の意識に左右される部分も大きい。販売促進のために世間の興味関心事が大胆に題材として採用され、流行歌の基本であるセンチメンタルな物語はもちろん、最新の事件やイベント、スポーツから社会問題までが歌の主題になった。例えば、Amelia Jenks Bloomerの女性運動やCharles A. Lindberghの飛行から数多くの歌が生まれ、the Titanicの惨事さえ流行歌に取り込まれる。中でも内外の戦争は歌が量産される契機となり、実際に“patriotic songs”はSheet Musicの世界で最も活況を呈した分野であった。歌を通じて愛国心の昂揚が図られ、一方でそれに乗じた出版ビジネスも潤う。政治と大衆音楽が切り離すことができない関係にあったことは確かなようだ。

何かが起こればすぐに歌が作られ印刷にまわる。Sheet Musicはイメージ画とともにその時その時のアメリカを記録する。場合によっては情報の発信源となって大衆の意識形成にまで関与する。こうしてみると、Sheet Musicは音楽配信のメディアでありながら、同時に新聞や雑誌と似た性質をもつ「報道と言論のメディア」でもあった、と考えることはできないか。本発表では、まずは戦前に印刷出版されたSheet Musicの世界を概観する。そして、「楽譜=音楽(音符)」の先入観を一度保留にして、社会・文化の側面からそこに付随するジャーナリズム的性質を見てみたい。