1. 3.Sister Carrie における転覆の構図

3.Sister Carrie における転覆の構図

渡邊真由美 福島学院大学短期大学部(非常勤)


Theodore DreiserのSister Carrie(1900)は、中西部出身の田舎娘が都会に出て、マッシャー(a masher)と呼ばれる世慣れた男性に誘惑され、結婚しないまま同棲をはじめるという誘惑小説の系譜にある小説である。だが、19世紀にもてはやされた誘惑小説と違って、CarrieはFrank Norrisなどから高い評価をうけたものの、当時の出版社や一般の読者に受容されることがなかった。本発表は、なぜCarrieが受け入れられなかったのか、という疑問に端を発し、Carrieが誘惑小説の体裁をとりつつも、誘惑小説の物語が強化しようとする社会体制を揺るがす仕掛けをもつことを明らかにしようとするものである。

Laura Hapke は、Sister CarrieをCarrieがシカゴへ出て初めて勤めた靴工場の同僚の女性労働者に注目して、都市で展開した消費を基盤とした資本主義に憧れる彼女たちを擁護する作品だと位置づけた。19世紀末以降の都市に大量に流入した移民や地方出身の労働者たちは、支配的な階級の人々からみれば、社会秩序、とりわけ性的秩序を脅かす存在であったから、19世紀後半に著されたリアリズム小説のなかでは、小説家が代弁する上位の階級の人々から排除すべき「他者」として扱われた。Carrieもまた、靴工場の同僚よりも感受性に優れているように描かれてはいるが、労働者にかわりはない。それまでの小説の定式からすればCarrieは、誘惑され身を持ち崩した貧しい女性として、社会から排除され不幸な結末を迎えるはずである。けれども、DreiserはCarrie自身の充足感はどうあれ、喜劇女優として成功するという結末を用意する。

Leslie A. Fiedlerは、Dreiserらの登場によってアメリカの誘惑小説にはじめて、階級対立の背景が加わったと論じた。Sister Carrieは、Carrieのような地方出身の労働者階級の都会とモノへの憧れと共に、労働者階級の人々が都市の消費中心の資本主義の牽引役となり、排除できないアメリカ社会を構成する重要な要素となったことを描いている。Priscilla Waldは、社会学者のI. W. Thomasが提唱した、コミュニティから離れ、都会で他の人々から認知されることなく生きる「属す場所のない女性(the unattached woman)」とCarrieの類似性をみ、そのような女性たちが社会秩序を脅かす存在となりつつあったことを指摘した。名前も身分も偽り、肉親との関係も絶ってしまったCarrieは、愛人として生活することをきっかけにして、同じアパートに住む典型的ミドルクラスのMrs. Haleと友達づきあいをするようになる。このことはCarrieの立場が排除される側から排除する側へ変わる可能性を示唆する。発表では、Sister Carrieが労働者階級の台頭を背景にし、Carrieのような性的規範を逸脱した女性労働者が成功するという誘惑物語の筋を転覆させることで、支配的階級に対する挑戦を描いた作品であることを示したい。