1. 1.自然誌から国家史へ――Jeremy Belknap, The Forestersにおける「歴史」の生成

1.自然誌から国家史へ――Jeremy Belknap, The Forestersにおける「歴史」の生成

山口 善成 高知女子大学


初期のアメリカ歴史記述を研究する際に興味深いのは、それが「歴史」の性質を考察するうえできわめて重要な示唆を与えてくれることである。まず一点目として、Frederick Jackson Turnerを筆頭にこれまで多くの歴史家たちが指摘してきたように、アメリカの歴史は「土地」や地誌的な関心と非常に強い結びつきを持っていることが挙げられる。これはアメリカの発展が主として荒野の探検や領土獲得といった地誌的な活動によって果たされたことによる影響が大きく、とりわけ18世紀末から19世紀初頭に出版された歴史書においては、歴史と地誌は互いに不可分であるばかりか、あたかも交換可能でさえあるかのような扱い方をされている。Jeremy BelknapのThe History of New Hampshire, 3 vols.(1784-92)では、最初の二巻で植民当初から独立までのニューハンプシャーおよび近隣地域(特にマサチューセッツとの関係)を時系列順にたどり、本来であればここで終わっていいようなものの、Belknapはわざわざ“Containing a Geographical Description of the State; with Sketches of Its Natural History, Productions, Improvements, and Present State of Society and Manners, Laws and Government”を副題とする第三巻を用意し、ニューハンプシャーの地形、動植物の特徴や分布などの自然誌情報をこと細かに記述するのである。果たしてどのようなメンタリティーが彼にこのような第三巻を書かせたのだろうか。本発表の目的の一つは、Belknapの歴史を分析することで、当時の歴史書に見られる「歴史と地誌の混在」の問題について考察することである。このような地誌との結びつきが「歴史」の性質について何を示唆しているかを明らかにしたい。

もう一点、18世紀末から19世紀初頭は「アメリカ史」の形成期であるとともに、静的な世界観から動的な世界観へと変化する時期でもある。言い方を変えれば、初期のアメリカ史はそれまで自然誌(natural history)の一部だった人間社会がそれ自身の物語(human history)を生成してゆく過渡期の歴史記述であった。前述のThe History of New Hampshireも自然誌的興味と歴史が混在した過渡期の歴史記述の一例として捉えることができるだろう。この問題については特にBelknapの歴史寓話The Foresters(1792)を題材にして、いかにして自然誌から国家の歴史へとシフトしていったかを論じたい。The Forestersはアメリカ史の登場人物をすべて森の住人として描いた物語で、そこにはただ単に自然誌と歴史とが混在しているだけでなく、自然誌が「歴史化」されてゆく過程を見ることができる。

Belknapが1791年にマサチューセッツ歴史協会を設立したとき、彼の目的は方々に散らばった貴重な史料を収集し保存することだった。収集、保存、体系化という自然誌的なプロセスは果たしてその時どれほど歴史家としての彼の意識の中にあっただろうか。Belknapの歴史、ひいては初期のアメリカ歴史記述において自然誌の枠組みが果たした役割について問い直してみたい。