1. 第5室(1号館4階 I-405教室)

第5室(1号館4階 I-405教室)

開始時刻
1. 午後2時00分 2. 午後2時55分
3. 午後3時50分 4. 午後4時45分(終了5時30分)
司会 内容
吉岡志津世

1.ハーレムにも日は昇る――Wallace ThurmanのInfants of the Spring における ブラック・ハードボイルド

  辻  秀雄 : 関東学院大学(非常勤)

2.Utopias False and True in Baldwin's "Sonny's Blues"

  David A. Farnell : 九州大学

竹本 憲昭

3.ティファニーで冷戦を――Breakfast at Tiffany's における航空旅行の地政学

  三添 篤郎 : 筑波大学(院)

 

4.セッションなし



辻  秀雄 関東学院大学(非常勤)


本発表はハーレム・ルネッサンスの作家の一人、Wallace ThurmanのInfants of the Spring (1932)を取り上げ、Thurmanの革新的な言語実践に焦点をあてる。具体的には、ハーレムの若いアフリカン・アメリカンの芸術家たちの浮かれ騒ぎを描く本小説が内容およびその言語実践においてHemingwayのThe Sun Also Rises (1926)のパロディとなっていることを論証していく。同時代の白人モダニスト作家Hemingwayが完成させたとされる簡潔でタフなハードボイルド言語がアフリカン・アメリカンのクイア作家、Thurmanによってどのように換骨奪胎されたのか。彼のブラック・ハードボイルドあるいは「スウィートブラック・ハードボイルド」のスタイルはどのように理論化しうるか。

Infants of the Spring は、第一に、ハーレムの若きアフリカン・アメリカンの芸術家たちが才能をいかに浪費していったかを描いた小説として読むことができる。しかしながら、本小説における主人公Raymondの懐疑的な風刺の態度、さらに、The Sun Also RisesのJake Barnesのそれにも酷似する彼のハードボイルドな言語に注目するならば、一部の才能ある黒人指導者が人種全体の地位を向上させることを目指す当時の支配的な言説に対する戦略的抵抗を、そこに読み込むことも可能だろう。Thurman自身がHemingwayをパロディ化することに意識的だった様子は、The Sun Also Risesへの直接的、間接的言及がInfants of the Spring中に散見されることからもうかがえる。例えばRaymondは、“I’m one of Gertrude Stein’s lost generation . . . or rather post-lost generation”と広言してはばからないのである。こうした記述をたどることで、Hemingwayのハードボイルドな言語が集団的なアイデンティティよりも個人の自由な生き方を称揚するThurmanの戦略に有効であったことを論じていく。

しかし、同時に重要なのは、Hemingwayのハードボイルド・スタイルが持つ男性性がThurmanにおいて「骨抜き」にされる点である。例えば、批評家Stephen Knadlerは、男性性をことさらに強調して白人優越論的な人種差別言説に真っ向から挑戦した多くの二〇年代ハーレムの男性作家たちと、そうした姿勢に対するオルタナティヴとしてクイアな曖昧性を提示したThurmanの想像力を対比させ、後者を“sweetblack style”と名付ける。Knadlerの指摘は、Raymondの駆使するハードボイルドな言語が人種の境界を越境すると同時に、当時のアフリカン・アメリカンのコミュニティにあって一層強制力を持っていた異性愛の規範にも挑戦する可能性を前景化する。

Thurmanの言語実践はHemingway的なハードボイルドをブラック・ハードボイルドにもスウィートブラック・ハードボイルドにも変容させる。そしてこのことは、白人モダニストHemingwayが完成させたとされるそのハードボイルド言語の起源の多様性をも示唆するだろう。


David A. Farnell 九州大学


“Utopia” is not a word commonly associated with the writings of James Baldwin; indeed, his stories are more likely to be seen as dystopian, with many of them set in the dead-end streets of mid-twentieth-century Harlem. But dystopia engenders dreams of utopia, and “Sonny’s Blues,” Baldwin’s story of desperation, addiction, and musical redemption, contains within it three paths to utopia―two false, one true.

Sonny, the narrator’s brother, seeks a way out of the dystopia of Harlem to a place where people can communicate and commune with each other, and thereby be free. He resists the temptation of the first false path, religion―which in the forms of Eastern mysticism and evangelical Christianity provides a seductive promise of a utopian afterlife in exchange for acceptance of the flawed world and an abandonment of revolution―only to succumb to the second false path, heroin―another opiate which offers a false sense of control and communion in exchange for addiction, poverty and eventual death.

But drawing upon his creative energies, he masters a third, intensely personal path, music, and by shattering walls of alienation, “at the risk of ruin, destruction, madness, and death, in order to find new ways to make us listen,” he creates an emancipatory moment of utopia within here-and-now reality, what philosopher Ernst Bloch calls a “Vorschein” (anticipatory illumination) that can be realized through art, “a countermove against the bad existence,” a revolutionary vision intended not to comfort us into complacency, but to bring that bad existence “to the point of collapse” (“Art and Utopia,” The Utopian Function of Art and Literature, 1988, p. 109). Not only does he create this moment for himself; he shares this communal illumination with his audience, including the older brother who has never before been able to understand him.

This presentation will explore the theme of utopia in Baldwin’s story, in the Blochian sense of an immanent utopia, always present and accessible through creative imagination. At the same time, the presentation will consider the manifold meanings of utopia as well as the positives and negatives of utopian longing, the benefits and the destructive potentials of walking the knife-edge utopian path, what Baldwin refers to in the story as the difference between “deep water and drowning.”


三添 篤郎 筑波大学(院)


冷戦初期の合衆国政府は、反共主義に根ざして航空旅行産業を再編すると共に、一連の「holiday言説」を産み出した。それはRoman Holiday (1953)などのハリウッド映画、ベルリッツを中心とした外国語学習ブーム、Holiday誌などの旅行雑誌刊行を通じて、大衆文化領域から形成された。ヒロインHoliday Golightlyを主人公とするTruman CapoteのトラヴェローグBreakfast at Tiffany’s が刊行されたのは、「holiday言説」が相次いで生成され、東西対立が確立していた1958年である。本発表においてテクストは、この同時代の航空旅行言説との隣接関係から論じられる。

南部のテキサスから逃避し、第二次大戦中にニューヨークで社交生活を送り、その後リオデジャネイロへ旅立っていくHolidayの足取りを、冷戦期の航空旅行政策が提示した世界地図に重ね合わせることは可能だ。彼女は、「赤」から逃れるためにティファニーという資本主義的空間に通うと同時に、同居人Magにベルリッツを推奨し、自らもポルトガル語学習用LPレコードを所持している。さらに“Miss Holiday Golightly; Traveling”を標語に、海外旅行への欲望を隠そうともしない。彼女がリオデジャネイロへの旅行を待望する契機となった、ブラジルの外交官Jose Ybarra-Jaegarとのロマンスは、パン・アメリカ的な自由主義同盟「リオ条約」と「holiday言説」を物語のなかで接合するものだ。

一方で既に指摘があるように、Holidayは異性愛中心主義を否定する反制度的なヒロインであることも見逃されるべきではない。これは、彼女が「木曜日」という平日に執拗に拘り続けることで“holiday”の意味を拡散させる行為にも見て取ることができる。この記号内容の攪乱は、Holidayが との関係が破綻してもなおリオデジャネイロに旅立とうと、ニューヨークのアイドルワイルド空港を利用する結末で真骨頂を見る。48年7月の開港式でHarry S. Truman大統領が、ラテン諸国との友好関係を補強すると演説したアイドルワイルド空港は、最終的に彼女にとっては、合衆国内の性的・人種的な抑圧から抜け出すための反制度的空間として正反対に読み換えられているのである。これは彼女の特技「窃盗」が、最もリアルな政治性と結びついたものといえる。

Holiday Golightlyという名が本名を秘匿するために自覚的に用いられた偽名であるように、物語全体もまた航空旅行言説ひいては冷戦言説を自覚的に取り込みつつその位相をずらしていくものである。テクストは自意識的な枠物語としてHolidayの遍歴を物語っているのみならず、サブプロットでも擬似スパイ活動や国際的な麻薬密売シンジケートの摘発事件など、赤狩りや反共ナラティヴが極めて巧妙に転用されている。Breakfast at Tiffany’s はこのように冷戦が構造化されていくプロセスを「holiday言説」を通じて多層的に模倣しつつ、なおかつそれを転覆させていく脱冷戦的テクストである。大衆の地政学的想像力を要した冷戦構造は、それ故に大衆の想像力によって解体される論理をつねにすでに内在していたことを、本発表は文学テクストから明らかにする。