1. 2.アメリカン・ガネーシャ――Terrence McNallyのクィアな想像力

2.アメリカン・ガネーシャ――Terrence McNallyのクィアな想像力

天野 貴史 大阪大学(非常勤)


インドのヒンドゥー教にガネーシャ神話というのがある。帰ったシヴァが妻パールヴァーティーの沐浴場を訪れると、見知らぬ少年が門番をしていた。少年は中に入ろうとするシヴァの前に立ちはだかり、シヴァの凶暴な手下が襲いかかっても微動だにしない。最高神ブラフマーでさえ歯が立たず、やがて少年の存在そのものに脅威を感じた神々が総攻撃を仕掛けるもを守るため駆けつけたパールヴァーティーに阻まれ、全滅する。ついにシヴァみずからが立ち上がり、三叉矛で少年の首をはねて決着をつけた。

少年はなぜ殺されたのか。少年のセクシュアリティに着目し、神々から性的倒錯者呼ばわりされた少年が弾劾・処刑されるというセイラムの魔女狩りならぬ「天上界のゲイ狩り」を幻視したのが、ゲイの劇作家Terrence McNallyである。もっともこうした想像力は男性同性愛者特有の感性というわけではない。よく知られるように80年代のアメリカではエイズ危機を引き金として同性愛嫌悪・恐怖症が一気に拡大した結果、身近なテクストのなかにホモフォビックな寓喩をあらためて発見することが大流行した。McNallyのインド訪問はこうした寓喩発見ブームの渦中だったから、ガネーシャ神話にエディプス的な構図や道徳よりも、異質なる性的少数派の弾圧を見出したのだろう。かくして幻想のゲイ狩りは、襲撃に遭った少年を母親が見殺しにするという「自然な」結末を迎える。いかに孝行息子といえどひとたび性的異端の烙印を捺されてしまえば、もはや「愛するわが子」としての資格を失うのである。

しかしMcNallyの想像力は驚くべき転回をみせる。そもそもシヴァはいずこともなくふらつきまわっては浮気を重ねる放蕩者で、妻の下にはしか帰らず、そこで妻のパールヴァーティーが夫の度し難い浮気に抗議するため息子に門番を命じたのだ。そして肝心なのは、この淫蕩なる夫が原因で妻がHIVに感染したことである。ただし夫はいわゆる‘4-H list’の一員ではない。自身にしても貞淑な妻であることを守り通してきただけに、彼女はエイズはゲイの病気であるという「通念」を根底から覆す事態に驚愕しつつ、何より醜聞を恐れて感染の事実をだれにも告白できないでいる。

かくして93年の戯曲A Perfect Ganesh は、ガネーシャ神話に準拠した二つの、互いに代補関係にある物語―同性愛嫌悪の物語と異性愛間HIV感染の物語―により構成されている。だがそれだけにひとつの疑問が生じる―それではMcNallyはガネーシャの誕生をどのように解釈したのか。というのもじつのところ神話は、はねた首の代わりに象の頭を付けて生き返らせた少年をシヴァがガネーシャと名づけて愛するわが子に迎え入れるというように、新しい「家族」のはじまりを祝福するものだからである。そこで本論では、Paula Treichlerが‘an epidemic of signification’と呼んだ80年代以降のAIDS/HIVに関する文化現象との共振/からの逸脱に注目しながら、本作品を濃厚に特徴づけているMcNallyのクィアな想像力に迫る。