1. 1.“The scallop-edged waves in the twilight”――“Crossing Brooklyn Ferry” に見る印象主義の絵画的手法

1.“The scallop-edged waves in the twilight”――“Crossing Brooklyn Ferry” に見る印象主義の絵画的手法

森山 敬子 学習院大学(院)


“Crossing Brooklyn Ferry”(以下、“Crossing”)は、Walt Whitmanの作品の中では、最も絵画的なイメージを与える作品である。フェリーに乗っている詩人の視野は、イースト河の流れと町全体をどこか高い所から眺めるように俯瞰する。フェリーの進む彼方に、太陽が今しも沈もうとする夕暮れ時 (“sun half an hour high”)、透明な光線が川や岸辺の景色を照らす(“the shimmering track of beams”, “the haze on the hills”)。どのフレーミングを取っても、そこには一つの主題が浮かび上がり、光と色が溢れている。この光を強調した明るいイメージは、印象派の絵画のような雰囲気を漂わせている。そこで本発表では、“Crossing” の絵画的手法に注目し、その影響と効果を考察する。

“Crossing” の絵画性については、ルミニズム(19世紀の米国の絵画様式で、自然の光がもたらす効果を正確かつ写真的に描写)の画家達が描くボストンハーバーの風景画との共通点、さらにはEmersonの宇宙観が描出されていることを指摘するBarbara Novakの見解に対し、M. Wynn Thomasは、ルミニズムの光と静寂な画面には、人間の姿や動的な気配が感じられず、Whitmanが示す人間のエネルギーの輝きがまったく現れていないと反論している (Thomas 95)。

確かに、ルミニズムのFitz Hugh LaneやRobert Salmonが描く夕陽に輝く帆船は、その静寂さと瞑想的な雰囲気が、詩人の内面と照応する部分はあるのだが、Whitmanの詩にある流動性や人間の力強い活力に欠ける。 例えば、“Crossing” のセクション3の27行目から48行目までの自然描写は、動的であり、光が揺らめくかと思えば、影を落とし、夕陽の光線の透明な輝きを、微妙な色調で捉えている―「12月のカモメを照らす黄色の光と影」、「夏空の水に落とす影」、「スクーナー船の光る航跡」、「帆立貝のような波頭」、「スミレ色の霞」―そして工場の煙突から「高く燃え上がる赤と黄色の火炎の光」は、力強さを強調する。これらの詩行は、詩人が眼で見た印象を言語に写し取ったもので、その光を正確に写実的に捉えている。落日の光線が、空と水と、その間にある高いマストや建物の上に落ちる。このような光の変化によって外界を色彩的に表現する手法は、J. M.W. Turner(印象派の先駆者)やAlfred Sisleyなどの印象派の絵画を髣髴させる。光を言葉に翻訳し、人間と物との調和を歌った “Crossing” は、ルミニズム的な描写を超えて、印象主義の先駆けになっている作品と言える。

光に包まれた詩人の意識は、いつしか、小さな肉体を超えて、他者に連なり、風景に連なり、全宇宙に連なっていく。 “It avails not, time nor place−distance avails not, / I am with you.” これは、Whitmanからのメッセージである。「あなたたち」とは、乗客であり、“you who peruse me” の読者である。私たち読者もまた、“Crossing” に一種の永遠的なものを感じるであろう。それは一枚の絵が与える、一種の永遠的なものと同質なのである。