1. 4.エミリー・ディキンソンの英語の語法

4.エミリー・ディキンソンの英語の語法

大西 直樹 国際基督教大学


読者にとってエミリー・ディキンソン(Emily Dickinson)の詩が難解で、そのために謎めきながらも独特の魅力となっている理由の一つは、彼女の風変わりな英語そのものにある。This was a Poet--- It is That/ Distills amazing sense/ From ordinary Meanings--- とシェイクスピアについて語った彼女であるが、文法的にみて破格と思われる表現が彼女の英語には珍しくない。ピリオッドで文を閉じることはまれで、代わりにダッシュを多用している。ドイツ語のように名詞を大文字で始める。さらには省略や倒置が通常の域を逸脱している例が珍しくない。

しかし、それらは彼女の語法の癖とか訓練不足といった否定的な意味で欠陥ではなく、そう書かなければ、あの独特な表現が生まれてこない計算された意図が働いている例がいくつも見られる。一般的、通常的であることを忌み嫌った彼女は、詩的表現においても普通の語法をそのまま使うことを意図的に避けている。それがうけいれられず、自分が除外され無視されていく危険があってもあえて、自分の語法に固執している。その理由は、一見普通でない英語の表現には、ある特別の効果を狙った戦略が背後にあると考えられるからだ。たとえば、名詞が動詞のはたらきをしたり、形容詞がくるべきところに名詞がつかわれたりする。そのことで、文法上規則正しい用法によってはなしえない独特の効果が計算されている。さらに、韻律が無視されることはむしろ当たり前であるが、一般的な韻律のもつ固定的なわざとらしさとは違った、さらに効果的な精緻な効果が組み込まれている。その音の効果が同時に、ある動作を見事に再現しているのである。

例えば、And neigh like Boanergesがあげられよう。なぜBoanergesなのかは聖書の当該箇所からその意味あいが浮かびあがるが、それ以上に音の効果が計算されている。他にも、いかに動詞がある動作を取り込み再現しているか、そのenactmentの例をあげれば、The Winds begun to knead the Grass---/ as Women do a Dough ---とか、Firmament---row---/Diadems---drop---/And Doges ---surrender---/ Soundless as Dots, On a Disc of Snow など、興味深い例がいくつも挙げられる。

通常、彼女の謎めいた詩の理解には、19世紀中頃の宗教色の強い文化的背景や彼女の置かれた複雑な人間関係の情報が不可欠だが、今回はそれらを一端横に置いて、彼女の英語の特異性とその言葉の生み出す彼女ならではの詩的効果に集中して、いくつかの詩を読んでみたい。