1. 2.Tim O’Brienの小説における男らしさの修正

2.Tim O’Brienの小説における男らしさの修正

早坂  静 一橋大学


Tim O’Brienは自身のヴェトナム戦争の体験に基づいて、If I Die in a Combat Zone, Box Me Up and Ship Me Home (1973)、Going After Cacciato (1978)、The Things They Carried (1990)というヴェトナムの戦場を舞台とした3編を執筆している。これらのうち1作目は回顧録、2作目は長編小説、3作目は短編小説集であり、それぞれジャンルは異なるが、1作目において発表されたO’Brien自身の戦争体験が2作目、3作目においてその語りの内容と形式に修正が加えられながら繰り返し物語られている。さらに、この3編の他にヴェトナムではなくアメリカ合州国を舞台とする5編の長編小説が出版されており、その全てにヴェトナム戦争の帰還兵が描かれている。厳密には自伝ではないCacciato やThe Things They Carried と同様にこれら5編の長編小説においても、そのヴェトナム戦争の経験や性格の類似性のために、語り手もしくは主人公を作者の虚構上の分身として、読者は意識せずにはいられない。

ヴェトナム戦争において経験した自身の精神かつ身体的危機の記憶の物語を繰り返し問い直し続けるO’Brienの自伝的テクストの根幹には自己の断片化や戦争の物語の意味の決定不能性が見て取れる。O’Brienは8編の著作を通して終始冷戦下のアメリカの軍事化を基盤とする社会に帰属しているのを認めつつも、この帰属感に対して強い問題意識を持っており、社会的規範と自己、個人との間のずれを意識している。アメリカの男性、成員として兵士となり国に貢献すべきという義務感と、戦争という暴力に加担する(した)ことへの自己嫌悪との間で、社会的規範に対する愛憎半ばする思いにO’Brienは引き裂かれているのである。そして、この社会的規範へのアンビヴァレンスが多様な解釈を許すテクストを形成している。ヴェトナム戦争以降、アメリカでは公民権運動、女性解放運動、同性愛者解放運動などの影響も相俟って、冷戦下の軍事化を基盤とする社会を支えてきた献身的、克己的、そして英雄的な男らしさのジェンダー規範が揺らいでいる。本発表においては、O’Brienの作品におけるジェンダー表象を分析し、彼がどのように冷戦下の規範的な男性性とそれへのアンビヴァレンスを表現し、そうした意味が宙吊りにされたテクストを書くことによって規範的男性性を脱構築しているのかを、アメリカ人男性の自己像をめぐる幾つかのテクストとの通時的および共時的比較を通して考察をする。