1. 2.「目覚め」のあとの「まどろみ」――Vladimir NabokovのMary の結末をめぐって

2.「目覚め」のあとの「まどろみ」――Vladimir NabokovのMary の結末をめぐって

後藤  篤 大阪大学(院)


その生涯において作品の執筆に用いる言語を母国語であるロシア語から英語へと切り替えたVladimir Nabokovは、代表作Lolita (1955)の反響から英語圏の読者にかつてのロシア語作品の存在を示す必要性を感じ、Invitation to a Beheading (1959)を皮切りに過去の作品を自ら英語へと翻訳し始める。本発表で扱うMary も、1926年にMashen’ka の題で作家の処女長篇小説として世に出た後に、1970年にその英語版が発表された作品である。Nabokov作品の中でも比較的シンプルに構成されたこの小説では、主人公Ganinの祖国ロシアでの初恋の思い出と、1920年代のベルリンの下宿に住む彼を含めた7人の亡命ロシア人たちの日常とが対照的に描かれる。一週間の物語時間の中で、初恋の女性Maryとの再会を前にしたGaninは、彼女との豊かな思い出に浸っていくが、小説の最後、初恋の相手が記憶の中の存在でしかないことを悟り、彼は現実のMaryと会わずにベルリンを去っていく。

先行研究では、結末近くのこのGaninの「覚醒」とそこで描かれる早朝の建築現場が持つ意味についての解釈に議論の重点が置かれており、この小説が持つ処女長篇としての意義を評価するといったものが多数を占めている。しかしながら、Jane Graysonが指摘するNabokov作品の英語版が持つアナクロニズム、すなわち原作と翻訳の発表順序の不一致を踏まえたとき、MaryをAda (1969)に続く作品として解釈する可能性が浮上する。ここで目を向けるべきは、Ganinの「覚醒」の直後、小説の結末で描かれる彼の「眠り」である。先行研究において十分に議論されていないこの結末場面を起点とすることによって、Ganinの「過去」から「現在」への帰還、そして「未来」への出発の物語というMary 解釈のクリシェを書き換えることができるはずだ。

本発表では、小説の結末を解釈する上での手がかりとして、物語が持つ時間の主題とそれに関する英語・ロシア語テクスト間の差異に注目する。限りなく原文に近づけられたMary の英語版には、他のいくつかの作品の翻訳に見られるような加筆や修正は見当たらないものの、英語版の序文におけるNabokovの言葉にあるような「ロシアの日常的な事柄」に関する変更を認めることができる。その中でも、序文において例として挙げられているユリウス暦からグレゴリウス暦への変更に注目したとき、小説が持つ時間の主題に新たな光を投げかけることができるだろう。それはまた、物語における数字の主題と関わりを持つものでもある。下宿のそれぞれの部屋に貼られたカレンダーの日付、あるいは頻繁に言及される年月日や時刻といった形でテクスト上に散りばめられた数字の意味についての考察を通じて、シンプルな見かけを持つMary に隠された「複雑さ」の解明を目指すとともに、この作品が持つ後期Na

bokov作品との類似性を探っていきたい。