1. 2.Toni Morrisonとアメリカの文化的記憶

2.Toni Morrisonとアメリカの文化的記憶

山本 裕子 京都ノートルダム女子大学


“Sixty Million and more” この有名な献辞は、Toni Morrisonのピューリツァー賞受賞作品Beloved (1987)の冒頭に掲げられたものである。Wendy Zierlerが指摘するように、「中間航路」の犠牲者たちを指すというこのフレーズは、同時に、慣例的に用いられるホロコーストの犠牲者の「数」――“six million and more”――の10倍を示すが故に、物議を醸してきた。1989年のTime 誌のインタビューにおいて、「国民的記憶喪失」(national amnesia)を指摘したMorrisonは、同年、“Bench by the Road”においても、奴隷制度の犠牲者たちを追悼する場の不在について言及し、小説Belovedこそがその追悼の場として機能するのだと述べている。奴隷制度下の犠牲者を記念する公式追悼施設が存在しないという事実は、アメリカの「文化的記憶」(cultural memory) に占めるホロコーストの地位と対置した時、たしかに奇妙な感がある。ナチスによるホロコーストは、1993年のUnited States Holocaust Memorial Museumの設立と同年公開の映画Schindler’s List の興行成績を見る限り、アメリカの文化的記憶に安住の地を見つけたようである。このHilene Flanzbaumが、「ホロコーストのアメリカ化」(the Americanization of the Holocaust)と名付けた現象は、1960年代から徐々に始まり、Morrisonが上記の発言を積極的に行っていた80年代後半頃、そのピークを迎えようとしていた。しかし、同時期、アフリカ系作家が沈黙していたわけではない。1980年代後半、Ashraf H. A. Rushdyが “Neo-slave narratives” と呼んだ作品群を始めとして、文化表象において奴隷制度に関する言説は急増しているのである。

本発表は、Morrisonが、Beloved をHolocaust Fictionに対抗して書いたと主張するものでも、Stanley Crouchが批判するような “a blackface holocaust novel” として読むものでもない。Morrisonの作品を、より大きな、ともすればMemory Boom と揶揄されることもある、20世紀後半の “Memory Culture” (Andreas Huyssen) の中に位置付けようとするものである。American Psycheにおける奴隷制度の記憶の「欠落」とホロコーストの記憶の「編入」は、別個の現象ではなく分ち難く結びついている。Beloved に丹念に描かれる「個」と「共同体」のトラウマの物語は、敷衍すれば、1980年代後半から1990年代前半にかけてのアメリカの共同記憶、American Psycheの国家の記憶装置としての働きを映し出すのではないか。Beloved に描きだされる記憶の痕跡やトラウマの連鎖を丁寧に追うことによって、個人のトラウマが実は他者のトラウマでもあることを、精神分析医Nicolas AbrahamとMaria Torokの “crypt” と “phantom” という概念を中心的に取り上げ、さらに、Trauma Studies の成果を援用することによって示したい。