1. 4.見えない存在の音楽――Ralph EllisonのJuneteenth

4.見えない存在の音楽――Ralph EllisonのJuneteenth

竹内美佳子 慶應義塾大学


火災による原稿焼失の非運を経てRalph Ellisonが再び書き起こした長編第二作は、Juneteenth として1999年に死後出版された。構想と推敲を重ね、作家の死をもって封印されることになったこの小説は、依然謎に包まれている。本発表では、執筆開始と同時期に著されたエッセイと、小説の要に位置するHickman牧師の説教(Juneteenth sermon)に焦点を当て、エリスンの創造意図を探る。

小説執筆開始の年に当たる1956年、Strom Thurmond率いる南部選出の連邦議員101名が、最高裁のブラウン対教育委員会判決を非難する「南部宣言」なるものを発表した。Ellisonは、これを巡って当時友人に書き送った手紙を、1965年にエッセイの形でThe Nation 誌100周年記念号に発表した。この幻想的論考の中でEllisonは、「読み書きの出来る幼い奴隷」に成り変わり、奴隷解放後一世紀の歴史を、「20世紀の父」たるAbraham Lincolnに対する暴力行為として描き出す。Juneteenth の底流をなすのは、大統領の死を認めまいとするこの同じ意志であり、人種争乱に満ちた20世紀中葉の議会反動勢力に対する批判である。小説の時空にLincolnは、記念堂に座して裏切りの歴史に耐え、立ち上がる日を待つかのように沈思する人となって現前する。それはワシントン・モニュメントの彼方を睥睨する、石の精神と言うべき相貌である。

Ellisonは、ここに蘇る19世紀の政治精神を、アフリカ系の文化領域に連結する。「神のトロンボーン」の異名をとる深南部の牧師Hickmanは、リンカーン像にまみえた感懐を、「ブルースをインプロヴァイズする時のような」解放感と表現する。Hickmanは、古の歌から新たな命を引き出す即興の営みを、アメリカの社会的文脈に接合する、ジャズ・ブルース的ペルソナと言えよう。「汝自身であるところの大地を信じよ」と唱えるその説教は、母なるアフリカの大地から引き裂かれ「新大陸」に離散した民が、森羅万象との一体化に自らの「時間」を回復する祈りにほかならない。アフリカ植民地世界の時間に、西洋の介入が招来した決定的断絶を、Richard Wrightは「歴史的時間変位の裂開(a gaping historic “time” displacement)」 と呼んだ。Hickmanの呪術的語りは、まさにこの時間変位の暗黒に胎動する「シンコペートされた時間性」を呼び出し、人間性の回復を図る。

Ellisonは、大地に宿る「時の鼓動」を内在化することによって蘇生する、実存的精神を追求し続けた。歴史の風化に耐え抜くアメリカの政治理念と、中間航路の奴隷船から生成する「見えない存在の音楽」とを結びつけるその創造力を、遺作の人物造形に考察したい。