1. 3.男が料理を作るとき――“Big Two-Hearted River”における食文化とマスキュリニティ

3.男が料理を作るとき――“Big Two-Hearted River”における食文化とマスキュリニティ

瀬名波栄潤 北海道大学


Ernest Hemingwayの初期の短編”Big Two-Hearted River”は、作家の氷山の理論をもっとも効果的に用いた作品の一つであり、これまで様々な読みが試みられてきた。その際、「川」「釣り」「スワンプ」は重要なカギとなり、作品解釈上の起点となった。にもかかわらず、これらと同等以上に詳述される「料理」についてはあまりにも軽視されてきた感がある。本発表では、Nick Adamsが挑戦する料理の意味について、食文化やジェンダーの視点から検証する。

これまでの定着した読みの一つは、短編集In Our Time の最後を飾る作品として、混沌とした時代に敢えて希望を捨てない失われた世代の若者を描いているとするものである。もう一つはPhilip YoungのThe Nick Adams Stories の時系列に沿った読みであり、戦争で負傷し臨死を経験した主人公が精神的再生のための癒しの旅がそれであるという考えである。いずれも、生/死、理想/現実、希望/幻滅といった対立する二項の狭間で苦悶する主人公の姿を、川の名前が象徴的に表しているといった点で共通しており、これにHemingway自身の戦争体験を重ね作家を神話化する伝記的解釈も付加されてきた。

このような劇的解釈と対照的なのが、作品の材源研究である。この作品は、1919年8月下旬、Hemingwayが友人Jack PentecostとAl Walkerの3名でミシガン州Seneyという町を流れるThe Fox Riverで釣り三昧に興じた1週間を基にした話であること。だが、森林火災などはなく焼けたのは古いホテル一軒のみであったこと、そこから45マイル北東に位置する実在のThe Two-Hearted Riverで彼らは一度も釣りをしなかったことなどが明らかにされている。また、作中登場するHopkinsなる人物はHemingwayがKansas City Star紙で働いていた頃の同僚でオクラホマ州出身のCharlie Hopkinsであったことなども、材源研究の成果だ。よりTextualなアプローチでは、この作品の構想や草稿・断片の存在についても議論されてきた。

しかしながら、”Nick was hungry. He didn’t believe he had ever been hungrier”に表現されるように、主人公の食欲が作品の主題であると言っても過言ではない。生への執着や再生への可能性を示唆しているのは明らかだ。ならば、この旅において目的であったはずの鱒を釣りあげ、それを作中で食べさせてあげれば話は済むことであっただろう。ところが、主人公は魚を食すことはない。そのかわり、彼は自らアプリコットやポーク&ビーンズそれにスパゲティーの缶詰を開け料理を始める。その次はそば粉で作るパンケーキだ。従来は女の領域とされる料理に、Nickが挑む。戦争で負傷し男らしさを示すことができなかった敗北の結果として、Nickは女性化してしまったのか。本発表では、この「料理をする男」の真相に迫りたい。