1. 1.“The Man of the Crowd”試論――群衆の中の差異

1.“The Man of the Crowd”試論――群衆の中の差異

岡本 晃幸 関西学院大学(院)


Nicolaus MillsはThe Crowd in American Literature においてHawthorne、Melville、Twainの作品における群集を分析しつつ、「アメリカにおいて民主主義的な民衆“democratic men”が民主主義的な個人“democratic man”の敵であるという永続的な恐怖」を見出している。しかし自らの本の主題を「群集の政治的な行動」とするMillsは、いかにも彼の研究と関連がありそうなEdgar Allan Poeの“The Man of the Crowd”(1840)の群集は「比喩的」であるとして考察の対象から除外している。確かに、Kenneth Silvermanの言葉を借りれば、当時の「旋風のような社会的変化」をほとんど描くことがなかったPoeの作品中の群集が、政治学的な議論において魅力的ではないとしても不思議ではないだろう。

しかし、「群集」というテーマにおいて“men”と“man”の違いが重要であるのならば、Poeの短編もまた政治学的文脈とは違った形でこの問題を扱っている。そのことは、語り手が短編の約半分を費やして群集の一人ひとりの特徴を見つけていくこと、言い換えるなら“men”を“man”に分類することにあらわれている。

夏と冬の境目である秋、光と闇が交じり合う夕暮れという短編の設定が暗示しているように、物語の中の境界線は曖昧としている。そして「闇が迫ってくるにつれて、人出は刻々と増えてきた」という言葉が示すように、闇と群集が結び付けられている。闇を「混沌」という伝統的なイメージで解釈するならば、そこに結び付けられた群集は「混沌」そのものであり、事実語り手は群集を“masses”としてしか認識できない。しかし語り手は次第に一人ひとりの特徴を見出して分類し、混沌から秩序を作り出していく。従って、混沌の中に境界線をひき秩序を作るための基礎となる差異を見出していくことが、この短編の重要な主題であると言える。

語り手は微細な差異を捉え分類し、秩序を完成するかのように思われる。しかし、ある分類不能の老人を発見してしまったことによって、秩序の完成は阻まれる。語り手は彼を分析しようとするが、どうしても分類することができず、終にカフェを飛び出して追跡を始めるのだが、結局老人の正体はわからない。そして老人の追跡を断念するとき、物語を通して行われてきた差異を見つけ秩序の完成を目指す語り手の試みもまた失敗に終わる。

このように本発表では「差異」をキーワードにこの短編を解釈していきたい。