1. 3.帰化する種子――ThoreauのCape Cod と移民

3.帰化する種子――ThoreauのCape Cod と移民

山口 敬雄 東京福祉大学


本発表では、Henry David ThoreauのCape Cod (1862) におけるアイルランド移民船の難破に注目し、19世紀半ばの移民言説とThoreauのネイチャー・ライティングとの相互補完的な関係性を解明する。ソローがケープコッドで目撃した1849年10月の海難事故は、同時代のジャガイモ飢饉によるアイルランド移民問題を喚起する。大量の移民流入に呼応し高まる移民排斥運動は、1843年にthe Native American Partyを誕生させ、急速に拡大を果たす。この移民排斥運動は主にローマ教皇への忠誠とアメリカ共和主義の否定を懸念し、アイルランド・カトリック移民を排斥することになる。

この歴史的コンテキストから読み直すとき、Cape Cod で言及される植物のナチュラル・ヒストリーは重要な意味を帯びる。Thoreauがケープコッドで観察するチョウセンアサガオ (Datura stramonium ) は、元来インドや中央アメリカに自生する植物であり、人間の世界規模の移動に伴い船底部に混じり、その先の土地に根付いたものである。極めてローカルな岬の浜辺に咲く白い花からグローバルに分布する生命のダイナミズムを直観する視線は、まさに超越主義者Thoreauの真骨頂といえる。しかし、本発表で注目するのはThoreauのナチュラル・ヒストリーに潜む、もう一つの民族の移動という現実的側面である。1849年のいわゆる「棺桶船」の船底部にはアイルランド人が乗り込み、チョウセンアサガオの種子と同様グローバルに分布する。

New York Times の編集者であったHenry J. Raymondは極端な移民排斥論をずらしつつ、アメリカ市民にとって脅威となりうる宗教的政治的要素を全て払拭する「アメリカ化」を主張する。移民が排除・制限されることなく、その土地に適応することにより生存可能性を付与されるという原理は、Cape Cod において植物の帰化(naturalize)というモチーフの中に頻繁に登場する。Thoreauは、かつて難破したフランクリン号から漂着したビートの種子の生長から、土壌と気候に適応することにより植物は新しい風土になじんで帰化することが可能であるという、ダーウィニズム的認識を示す。グローバルに拡散する多様な民族は漂着した国の土地に適応することができればネイティヴになりうるとする、Raymondの移民同化論と、ThoreauのCape Cod におけるネイチャー・ライティングとは、「帰化」をめぐって論理を共有する。本発表では、ロマン主義的なCape Cod を同時代の移民問題の言説空間に位置づけ、多民族国家アメリカ合衆国が一体的な国民統合へと向かうプロセスを解明したい。