1. 4.滅私のすえに――Israel Potter における自己の有り様

4.滅私のすえに――Israel Potter における自己の有り様

高橋  愛 徳山工業高等専門学校


Herman Melvilleの作品には、ジェンダー規範の枠には収まらない自己の有り様を構築しようとする人物が登場する。そうした者の試みでは、名前の専有と呼びかけが重要な役割を果たす。名前が自己の有り様に及ぼす影響は、Tommoと名乗るTypeeの語り手、Pierre の主人公Pierre Glendinningの姿などからうかがえる。これらの青年とは対照的にThe Confidence-Man では、偽装を通して自己の固定化を徹底して避ける人物が登場する。向き合い方に差はあるが、Melvilleの作品では、自己を規定する発話が登場人物の自己の有り様に影響を及ぼすことが少なくない。

しかしMelvilleの作品には、名前の専有や呼びかけの効果に無頓着で、自己の有り様が定まらない人物を主人公とするものがある。Israel Potter である。この作品では、自由を求めて独立戦争に身を投じるも、偶然に翻弄されて転落し、結局は貧困という不自由に絡め取られる男Israel Potterの生涯が描かれている。Israelは、Benjamin FranklinとJohn Paul Jonesという、アメリカの独立に関与した英雄として歴史に名を残す人物と関わりその薫陶を受ける。理想に合わせて自己を鍛錬しているという点で、いわば、近代アメリカ社会が理想とする「独立独行の男らしさ」を地でいくという点で、FranklinとJonesには相通じる部分があるが、Israelは前者には蒙を啓かれず後者に傾倒している。また彼は、独立独行型の英雄たちと異なり、かくあれかしと望む自己の有り様をその名前と共に提示することはない。彼は常に受動的で、偶発的な出来事に流されている。

本発表では、まずFranklinやJonesが提示する自己像を確認する。そのうえで、そうした自己像に対してIsraelが示す反応から、彼がどのような自己の有り様を求めていたかを考えていく。さらに、英雄との邂逅といった節目を迎えるや彼が身元を偽らざるを得ない状況に追い込まれること、また、この作品がジェンダー規範の転換が起こる戦争を背景にしていることに着目し、50年にわたる「冒険」に満ちた「流浪」のすえにIsraelがたどり着いた自己の有り様とはどのようなものであるか考察したい。