1. シンポジアムT(東北支部発題)(般2-301教室)

シンポジアムT(東北支部発題)(般2-301教室)

今一度冷戦を振り返って

司会
秋田大学 村上  東
講師
関西学院大学 塚田 幸光
Cold War, Hot Blood−Poe、Corman、恐怖映画−
福島高専 中山 悟視
Between Hot and Cold―世界の終わりとヴォネガット
東京学芸大学 太田 信良
誰もEdward W. Saidを読まない?――終わらない冷戦とReagan期米国批評理論のさまざまなはじまり



ゾンビ映画として名高いGeorge A. Romero 監督の Land of the Dead ( 2005 ) では、格差社会が三層に単純化、戯画化されている。厳重に警備された高層ビルに住む富裕層、安寧とは無縁の生活を強いられている一般の市民、そして市街地を守る柵の外に蠢く化け物たち。柵を破ったゾンビの侵入に促され、一般市民の生き残りを賭けた苦闘がはじまる。団結による社会改革を訴える住民も描かれているが、それは数分だけのこと。映画は、暴力をも辞さない勇気を持った若者たちがカナダという “territory ahead” を目指すところで幕となる。冷戦が温存した社会進化論をそのまま実現した格差、常々限定されてしまう社会改革の夢、こうした点で Land of the Dead は冷戦時代とその想像力が決して過去のものではないことを示している。

一世代前まで中流層であった市民にまで生活苦をもたらした格差社会の深刻化がオバマ政権成立の一因となったことはよく知られている。貧困が当たり前であったFDR政権のニュー・ディール期との比較など最早常識と化した。実際に現政権はニュー・ディール回帰の姿勢を示しており、冷戦期に骨抜きにされていった全国労働関係法(ワグナー法)の再生を目指し、the Employee Free Choice Act を去る3月議会に上程した。冷戦期に抑えられていた可能性が政治の世界でも追求されてゆくかも知れない。では、文学研究、表象文化研究の世界はどうなるのか。

自動車業界の救済がオバマ政権の課題であったことも私たちの関心事と無関係ではない。工場労働者の中流化を決定付けたのは1936年に妥結した GM の労働争議であったし、自動車大手の従業員は様々な保証のある労働者の代表である。経済波及効果のみならず、そうした象徴的な意味をも持っていることは否定できない。とはいえ、その労働争議に取材した Albert Maltz の小説 The Underground Stream ( 1940 ) は今まで注目されることの少なかった作品である。軍国主義の対抗勢力として社会主義やプロレタリア文学に一定の自由が保証された日本と異なり、合衆国文学研究は偏った展開を辿ってきた。

しかし、埋もれた作品の再評価も批評の再検討も進んでいる。Alan Wald が編集した “The Radical Novel Reconsidered” series は Josephine Herbst などを新たな読者に提供した。また、AAUP の会長となって大学における非正規雇用(上記の映画は博士号を持ったゾンビたちが生活苦にあえぐ大学の現状を連想させる)の問題にも取り組んでいるCary Nelson はスペイン市民戦争の桂冠詩人 Edwin Rolfe を発掘しているし、脱構築などの批評理論が新批評と同じ作品至上主義に陥ったことを批判している。

文学・文化研究を形作った冷戦期の社会の在り方そのものに変化の兆しが見られる現在、私たちにも新たな、そして多面的な取り組みが必要であろう。


(村上 記)



関西学院大学 塚田 幸光


「誰もいない世界」。Stanley Kramer監督のOn the Beach (1959)では、核戦争の「その後」、人類が消失した世界を描いている。ここには腐食した死体も呻き声もない。人類が忽然と消えたサンフランシスコの無機質な街があるだけだ。奇しくもImmanuel Wallersteinが、冷戦を「実体のない抗争」と呼んだように、On the Beachでは、抗争や惨劇が視覚化されず、生存者を苛む、真綿で首を絞めるような恐怖がそこにある。The Twilight Zone (1959-64)から、Last Woman on Earth (1960)やThe Manchurian Candidate (1962)、そしてDr. Strangelove (1964)に至るまで、ハリウッドが描く核の恐怖とは、反共ヒステリーと誇大/被害妄想と同義だろう。無音・無人の世界では、敵が不在であり、グロテスクな死/身体も存在しない。人類/生存者は、来るべき絶滅に向けて空しく動き回るだけなのだ。

当然のことながら、核に対する想像力の欠如が、ステロタイプな映像表象に接続され、それがヴェトナム前夜の冷戦期ハリウッドを席巻していたことは忘れるべきではない。不在の戦場と不在の身体。これが「誰もいない世界」へと繋がったことは明らかだからだ。とはいえ、重要なことは、このような核/SF映画が排除した身体が、恐怖映画において回帰し、視覚化・実体化されていることだろう。冷戦期に「復活」した恐怖映画の意義は、メタフォリカルな恐怖表象ではなく、現前する「死/身体」にあるのではないか。恐怖映画は、核への目配せを試みながら、その恐怖は不在の身体ではなく、身体の前景化に連動しているように見えるからだ。

本発表では、これらのことを踏まえ、B級映画の「帝王」Roger Cormanが映画化したEdgar Allan Poe作品に注目し、冷戦/核と死/身体との関係を考察する。冷戦期におけるポー作品の映画化と恐怖映画の復活は、文化史や映画史からも看過され、特にコーマンなどは黙殺され続けていると言っても過言ではない。ここで我々は、AIP(ARC)のポー・シリーズの第1作The Fall of the House of Usher (1960)の公開年が、Alfred HitchcockのPsycho と同年であることに文化的・歴史的な必然を見るべきだろう。近親の呪縛、死/身体の前景化、そして密室。ナルシスティックでファナティックなもう一つのアメリカがここに見え隠れする。冷戦の恐怖映画から滴る「血」は、一体何をスクリーンの肌理に映し出し、それは文学の如何なる要素を換骨奪胎しているのか。ポー映画の性/政治学を見ていこうと思う。


福島工業高等専門学校 中山 悟視


George Orwellは1945年、エッセイ“You and the Atomic Bomb” において、 “cold war”という言葉を使って、原爆投下後の世界の有り様を憂慮した。原子爆弾による世界の破滅というよりは、「核保有国」による世界の分割統治を予見した。Nineteen Eighty-Four (1949)は、大国による分割統治や紛争地域における平和維持のための永続的な戦争など、原爆以後の世界を強く意識して書かれた。Orwellが表現した隣国との永続的な “cold war” 「冷たい戦争」ということばは、 “hot war”「武力戦」という意味での戦場や前線の不在のメタファーに他ならない。しかし実際には、アメリカ大陸(あるいはソ連邦域内)に戦場・前線がないだけで、「ほかのどこか」では代理戦争は着実に行われていた。その武力戦との距離感による温度差に加えて、「核の冬」によって想起させるある種の「寒さ・冷たさ」が冷戦には付きまとうように思われる。

Kurt Vonnegut (1922-2007) は、長編デビュー作Player Piano (1951)でOrwellの世界を焼き直し、機械による管理社会を描いた。すでに処女短編 “Report on the Barnhouse Effect” (1950) において、超能力によって軍備の拡大と戦う物語を描いていたが、そこでは威嚇のための軍備拡大競争が、軍事施設密告競争と化していく、という冷戦構造が孕む対立と依存の愚かな関係性を描いてみせた。彼の作家キャリアを振り返り、小説で扱ってきた題材に目を向けてみれば、Vonnegutはまさに冷戦作家と呼ぶに相応しい。現代社会に蔓延する様々な脅威(核戦争、全体主義、他者の侵略)に対する警鐘を鳴らしつつ、そこに潜む愚かさを暴露してきた。ドレスデン体験を物語化しようと試みたSlaughterhouse-Five (1969) においても、異星(人)の表象に現代社会の暗部が映し出されていよう。

本発表では、Vonnegut小説を改めて冷戦構造を意識して読み直したい。特にCat's Cradle に描かれる、 “cat’s cradle”「あやとり」と “bokomaru” なるボコノン教の秘儀が暗示する「対立・均衡」と “Ice-nine” が放つ「温度」に注目してみたい。Cat's Cradle において描かれる世界は、氷りついて終末を迎えるが、その最後に至るまでに描かれた世界は、冷戦構造の対立・均衡を保っている。San Lorenzo島、あるいはCat's Cradle において、氷りついて崩壊する前後の世界に目を配ることで、冷戦構造が孕む対立と依存の関係性を明らかにしてみたい。さらにそうした冷戦構造の二重性が、Vonnegut評価とどう関わってきたのか考えてみたい。


東京学芸大学 大田 信良


誰もがEdward W. Saidを読んでいる。たとえば、英文学が主として19世紀に他者としてのオリエントをどのように表象したか問題にするときに準拠する批評理論の参照枠として。あるいは、 (ポスト)コロニアリズム批評のさまざまな理論の系譜をMichel Foucaultの言説論からはじめてHomi K. BhabhaやAijaz Ahmad、さらにそれ以降の理論的言説にたどる時に、主としてアメリカの文化政治学におけるメルクマールとして。その上で、ひょっとしたら、SaidのOrientalism の議論には英仏は入っているがドイツのそれは扱われてはいないとか、18世紀以前にはあるいは20世紀初頭でもポピュラー・カルチャーに目を向ければ西洋と東洋のよりダイナミックで豊かな文化的交渉や交流の可能性を探ることができるのではないかとか、話は展開していくことになるのかもしれない。21世紀現在のBRICs諸国とりわけ中国の存在を視野に入れた eco-cultural historyによる「近代世界システム」(Immanuel Wallerstein)の見直しや帝国=コモンウェルス体制としての大英帝国の文化の再考を十分に吟味・検討しながらの展開であるなら、それらはそれなりの意義をもつ仕事なのかもしれない。

しかしながら、こうした批評的明察にもかかわらずあるいはそれゆえに、Saidの読まれていないテクスト空間が存在しているのではないか?Orientalism および Culture and Imperialism について言えば、20世紀アメリカのエリア・スタディーズや新聞・雑誌メディアにおけるオリエンタリズムの問題がそれである。別の言い方をすれば、19世紀および20世紀初頭までの英仏の帝国主義と人文諸科学の表象から20世紀後半のアメリカのエリア・スタディーズや文化論への重層的な系譜をたどることにより、Hannah Arendt のThe Origins of Totalitarianism やLionel Trillingのリベラリズム文化論の解釈図式に批判的に言及していたことを、われわれは改めて思い出しておいてもよい。米文学研究の中心的対象にはならないこれらの言説を、比較文学の最良の遺産を批判的に継承したSaidは19世紀英仏とくに英文学研究における言説との系譜的つながりにおいて、あるいは、英米両国にまたがる空間的転回においてたどりなおしていたのではなかったか?

新冷戦に入った80年代米国のさまざまな批評理論、特に、新歴史主義は、確か、マルクス主義的なテロス一直線の大きな物語を過去の否定的な遺産として葬りながら、むしろそれとは異なる逸話の反復や複数のジャンルの横断・攪乱を実践したはずだったのに、これまでの英米文学研究は、Saidの仕事に存在するこうしたトランスアトランティックな関係性に十分な対応をしてきていないのではないか?つまり、誰もSaidを読まない?

本発表では、Reagan期以降の米国における批評・「理論的言説」のグローバルな歴史化の作業に向けて、終わらない冷戦(Patrick Wright, Iron Curtain: From Stage to Cold War, 2007)の議論を踏まえながら、主としてSaid のOrientalism、Culture and Imperialismとそれに先行する冷戦期の米文学研究制度を編制した政治文化との対決・緊張関係をあらためて読み直してみたい。このようにSaidを読むことにより、Paul de Manの仕事とFredric Jameson、Gayatri Chakravorty Spivakによるそのそれぞれの転回のはじまりもあらたに視野に入ってくるはずである。