1. 第6室(般1-302教室)

第6室(般1-302教室)

開始時刻
1. 午後2時00分 2. 午後2時55分
3. 午後3時50分 4. 午後4時45分(終了5時30分)
司会 内容
鵜殿えりか

1.Frederick Douglassの晩年におけるマスキュリニティ言説――Toussaint L’Ouvertureの表象をめぐって

  朴  c英 : 大谷大学

2.Toni Morrisonとアメリカの文化的記憶

  山本 裕子 : 京都ノートルダム女子大学

山下  昇

3.なぜ彼女はネガをばら撒いたのか――John Edgar Wideman, Two Cities (1998)における感情過剰の戦略

  富山 寛之 : 慶應義塾大学(院)

4.見えない存在の音楽――Ralph EllisonのJuneteenth

  竹内美佳子 : 慶應義塾大学



朴  c英 大谷大学


Frederick Douglass(1818-95)は奴隷制廃止運動の活動家としての最初期から、当時否定されていた黒人男性のマスキュリニティを強調することが、黒人の解放と社会的地位向上において有効であると考えていた。このことはDouglassの最初の自伝The Narrative of the Life of Frederick Douglass, an American Slave, Written by Himself (1845)および中編小説“The Heroic Slave”(1853)などを論じた既往の研究からも明らかである。しかし南北戦争終結後、Douglassはマスキュリニティ言説をもはや戦略的には用いなかったとする見方が一般的である。本発表ではそのような説を批判的に検討し、彼の晩年の演説や彼が著したサント・ドミンゴ(現ハイチ)の独立指導者Toussaint L’Ouverture(c. 1743-1803)に関する未公刊の草稿、死後に黒人雑誌に掲載された論考を中心に、従来あまり考察されてこなかったDouglass晩年のマスキュリニティ言説とその意図を考察する。

DouglassのToussaintに関する原稿は、フランスの上院議員Victor Schoelcherによる伝記Vie de Toussaint L’Ouverture (1889)の英語版のための序文として書かれたものである。(英語版は公刊されなかったが、この序文は1890年から91年の間に書かれたものと推測され、部分的に刊行された。)この際Douglassが採ったレトリックを含めた文学的手法が非常に興味深い。Douglassの最初の自伝Narrative には、逃亡奴隷自らがこの書物を書きその内容に偽りはないといった、元奴隷による記述のauthenticityを証明する白人による「前書き」や「手紙」が収録されていた。このような手法はslave narrativesを刊行する際に白人アボリッショニストにより習慣化されていた。DouglassはToussaintに関する序文において、レトリックや形式も含め敢えて同じ手法を用いている。すなわち、黒人であるDouglassが白人のSchoelcherによるToussaintの表象のauthenticityを認めているのである。白人が書いたものに黒人が権威付けを行うという、Douglassが最初の自伝を書いた際には想像もつかなかったことがここで実現している。

晩年のDouglassは、白人が捏造し黒人が内面化してきた黒人劣等思想を黒人たちから払拭するために、それまで意図的に避けてきた黒人性を強調しながら、白人の血が入っていない黒人としてのToussaintを表象している。従来の白人読者を意識したものではなく、しかし白人至上主義の単純な裏返しではない形で黒人読者に向け意図的に発信されたものであった。“The Heroic Slave”などにみられたFounding Fathersの理念の援用などを行わず、黒人の“self-made-man”としてのToussaint像を創り上げようと試みたのである。それはDouglass自身が黒人の“self-made-man”であるにもかかわらず、父が白人ゆえに彼の黒人としてのauthenticityが時に疑問視され、彼の優れた資質はすべて「白人の血」によるものだとする当時の偏見への反証として創り出されたとも考えられる。Douglassの描いたToussaint像は、Douglass自身が4度に渡り書き改めた自伝において構築しようと試みた理想的な黒人指導者像に重なる。


山本 裕子 京都ノートルダム女子大学


“Sixty Million and more” この有名な献辞は、Toni Morrisonのピューリツァー賞受賞作品Beloved (1987)の冒頭に掲げられたものである。Wendy Zierlerが指摘するように、「中間航路」の犠牲者たちを指すというこのフレーズは、同時に、慣例的に用いられるホロコーストの犠牲者の「数」――“six million and more”――の10倍を示すが故に、物議を醸してきた。1989年のTime 誌のインタビューにおいて、「国民的記憶喪失」(national amnesia)を指摘したMorrisonは、同年、“Bench by the Road”においても、奴隷制度の犠牲者たちを追悼する場の不在について言及し、小説Belovedこそがその追悼の場として機能するのだと述べている。奴隷制度下の犠牲者を記念する公式追悼施設が存在しないという事実は、アメリカの「文化的記憶」(cultural memory) に占めるホロコーストの地位と対置した時、たしかに奇妙な感がある。ナチスによるホロコーストは、1993年のUnited States Holocaust Memorial Museumの設立と同年公開の映画Schindler’s List の興行成績を見る限り、アメリカの文化的記憶に安住の地を見つけたようである。このHilene Flanzbaumが、「ホロコーストのアメリカ化」(the Americanization of the Holocaust)と名付けた現象は、1960年代から徐々に始まり、Morrisonが上記の発言を積極的に行っていた80年代後半頃、そのピークを迎えようとしていた。しかし、同時期、アフリカ系作家が沈黙していたわけではない。1980年代後半、Ashraf H. A. Rushdyが “Neo-slave narratives” と呼んだ作品群を始めとして、文化表象において奴隷制度に関する言説は急増しているのである。

本発表は、Morrisonが、Beloved をHolocaust Fictionに対抗して書いたと主張するものでも、Stanley Crouchが批判するような “a blackface holocaust novel” として読むものでもない。Morrisonの作品を、より大きな、ともすればMemory Boom と揶揄されることもある、20世紀後半の “Memory Culture” (Andreas Huyssen) の中に位置付けようとするものである。American Psycheにおける奴隷制度の記憶の「欠落」とホロコーストの記憶の「編入」は、別個の現象ではなく分ち難く結びついている。Beloved に丹念に描かれる「個」と「共同体」のトラウマの物語は、敷衍すれば、1980年代後半から1990年代前半にかけてのアメリカの共同記憶、American Psycheの国家の記憶装置としての働きを映し出すのではないか。Beloved に描きだされる記憶の痕跡やトラウマの連鎖を丁寧に追うことによって、個人のトラウマが実は他者のトラウマでもあることを、精神分析医Nicolas AbrahamとMaria Torokの “crypt” と “phantom” という概念を中心的に取り上げ、さらに、Trauma Studies の成果を援用することによって示したい。


富山 寛之 慶應義塾大学(院)


アフリカ系アメリカ人作家、John Edgar Wideman(1941〜)の長篇Two Cities (1998)は、様々な意味で彼のキャリアを代表する作品といえる。タイトルの由来は、作品の舞台となったペンシルヴェニア州の都市、フィラデルフィアとピッツバーグ。自身が育ったこの二つの街での体験なくして、作家Widemanは生まれ得なかったばかりか、1967年のデビュー以降の作品群のほとんどが、この街のいずれかを舞台としている事を考えると、このタイトルは彼の作品史を端的に総括しているだろう。また、技法に目をむけると、断片化、コラージュ、自由間接話法、語り手・焦点人物の頻繁な交替は、Wideman小説を特徴づけるものとして、多くの批評家に指摘されてきた。さらに、主要なキャラクターたちが、それぞれに治癒しがたい深い傷を心に負っている所もまた、彼の小説の典型的なパターンといえる。とりわけ、ゲットーの暴力を原因とする家族の喪失は、彼が繰り返し取り上げてきた主題である。

本発表では、長篇Two Citiesを読み解くことで、Wideman小説のもう一つの特徴を成す、「感情の過剰」を提示する。彼の小説の主人公たちは皆、過剰と思えるほどに強く怒り、涙を流しながら泣き、そして通俗小説のように愛する。そして、彼らを客体として語る語り手までもが、時に自らの役割を忘れて対象に感情移入し、一緒になって敵を糾弾する。あまりに明白な特徴でありながら、これまでの批評では、反復を伴う断片化がテクスト上に現れるモダニスト的な技法のひとつとして、片付けられてきた。この特徴をTwo Cities において検討し、なぜこれまでの批評では軽視、黙殺されてきたのかを考える。その上で、感情が沸点に達するシーンとして、AIDSにより夫を、ゲットーの暴力により二人の息子を亡くした女性主人公のKassimaが、老写真家Mr. Malloryの葬儀に際し、狼藉をはたらくギャングの少年達に怒り、遺品のネガをばら撒くシーンを特に検討する。

そうすることで、一見すると過度な感情にかられての行動が、綿密に計算された時間の操作と深く結びついていることが浮かび上がる。最後に、それぞれに直情的なキャラクターたちのトラウマの奥深くに潜む、二つの時間とその間に流れる歴史について考察する。さらに、Widemanに対する影響が多くの批評家から指摘されてきたJames Baldwinの長篇Another Country (1962)をとりあげ、「感情過剰の戦略」という面から比較検討を試みたい。


竹内美佳子 慶應義塾大学


火災による原稿焼失の非運を経てRalph Ellisonが再び書き起こした長編第二作は、Juneteenth として1999年に死後出版された。構想と推敲を重ね、作家の死をもって封印されることになったこの小説は、依然謎に包まれている。本発表では、執筆開始と同時期に著されたエッセイと、小説の要に位置するHickman牧師の説教(Juneteenth sermon)に焦点を当て、エリスンの創造意図を探る。

小説執筆開始の年に当たる1956年、Strom Thurmond率いる南部選出の連邦議員101名が、最高裁のブラウン対教育委員会判決を非難する「南部宣言」なるものを発表した。Ellisonは、これを巡って当時友人に書き送った手紙を、1965年にエッセイの形でThe Nation 誌100周年記念号に発表した。この幻想的論考の中でEllisonは、「読み書きの出来る幼い奴隷」に成り変わり、奴隷解放後一世紀の歴史を、「20世紀の父」たるAbraham Lincolnに対する暴力行為として描き出す。Juneteenth の底流をなすのは、大統領の死を認めまいとするこの同じ意志であり、人種争乱に満ちた20世紀中葉の議会反動勢力に対する批判である。小説の時空にLincolnは、記念堂に座して裏切りの歴史に耐え、立ち上がる日を待つかのように沈思する人となって現前する。それはワシントン・モニュメントの彼方を睥睨する、石の精神と言うべき相貌である。

Ellisonは、ここに蘇る19世紀の政治精神を、アフリカ系の文化領域に連結する。「神のトロンボーン」の異名をとる深南部の牧師Hickmanは、リンカーン像にまみえた感懐を、「ブルースをインプロヴァイズする時のような」解放感と表現する。Hickmanは、古の歌から新たな命を引き出す即興の営みを、アメリカの社会的文脈に接合する、ジャズ・ブルース的ペルソナと言えよう。「汝自身であるところの大地を信じよ」と唱えるその説教は、母なるアフリカの大地から引き裂かれ「新大陸」に離散した民が、森羅万象との一体化に自らの「時間」を回復する祈りにほかならない。アフリカ植民地世界の時間に、西洋の介入が招来した決定的断絶を、Richard Wrightは「歴史的時間変位の裂開(a gaping historic “time” displacement)」 と呼んだ。Hickmanの呪術的語りは、まさにこの時間変位の暗黒に胎動する「シンコペートされた時間性」を呼び出し、人間性の回復を図る。

Ellisonは、大地に宿る「時の鼓動」を内在化することによって蘇生する、実存的精神を追求し続けた。歴史の風化に耐え抜くアメリカの政治理念と、中間航路の奴隷船から生成する「見えない存在の音楽」とを結びつけるその創造力を、遺作の人物造形に考察したい。