1. ドライサーとノリス

ドライサーとノリス

札幌学院大学 岡崎  清


フランク・ノリスがセオドア・ドライサーの『シスター・キャリー』(1900)の出版に尽力したことはつとに知られたアメリカ文学史のエピソードである。ふたりの代表作をとりあげるならば,さしずめノリスの『マクティーグ』(1899)がドライサーの『シスター・キャリー』にあたり,『オクトパス』(1901)が『アメリカの悲劇』(1925)に相当するといえようか。けれども世紀転換期の小説『オクトパス』と『アメリカの悲劇』との間には決定的に大きな時差があり,この時差を歴史に還元して両作品を語ることは比較的容易だろう。まかり間違えば,ノリスの評論などを読めばわかるとおり,アメリカ帝国主義の片棒を担ぐホワイト・アングロ・サクソンの男性中心主義者としてドライサーとまっこうからぶつかりあうといった水と油の関係を指摘する羽目になり,ノリスの文学評価としてはまことに分が悪い。本発表ではおもにノリスが文学創造するさいに意識していたひとつ「性の神秘」(mystery of sex)を媒介項にして,新しい小説を開拓した魁のひとりとしてのノリス像をドライサーとの比較検討をしながら提示してみたい。