1. 1.Gem of the Ocean における中間航路

1.Gem of the Ocean における中間航路

江戸 智美 大阪大学(院)


August Wilsonのサイクル劇で,時系列上,最初に位置するGem of the Ocean (2003)は,「中間航路」のイメージを舞台に展開し,過去の人種的記憶を蘇らせる。20世紀初頭(1904年)に時代設定された本作品では,他のWilson作品に見られる家族,地域コミュニティといったアフリカ系アメリカ人共同体の明確な姿はまだ現れていない。そのような環境では,アメリカの地で生まれ,育った世代にとって,アフリカ文化の継承は容易ではない。過去・歴史を知る必要性を主張するWilsonは,サイクル劇全体にとって重要な位置を占めるAunt Esterを,黒人が新大陸に連れて来られた年に誕生したと設定し,歴史の語り部としての役割を与えている。Aunt Esterが誘うCity of Bonesへの旅は,過去を知らない世代に,祖先の辿った運命を疑似体験させる幻想の旅である。

救いを求めてAunt Esterを訪れたCitizenは,彼女の指示に従い,想像の世界で中間航路の航海を体験する。そこに立ち上がる未知の過去を髣髴させるイメージは,彼に既知の人種的記憶として受容される。また,この“Middle Passage”疑似体験は,Citizenにとっての通過儀礼 “rite of passage”となり,彼は文字通り「市民」として再生する。そして,同じ儀式を過去に経験したEli,Solly,Black Maryらと人種の記憶を共有し,彼らとともに記憶の共同体を形成する。注目すべきは,彼らが特定の場所・土地を媒介として共有すべきものを見出したわけではないということである。Aunt EsterがCitizenに伝えたのは,大洋に沈んだ祖先たちの辿った経路(routes)である。そして今,Citizenもまたその経路を辿って,自らの人生へと踏み出す。起源/ルーツ(roots)ではなく,ルート(routes)に焦点を合わせることで,過去への遡及ばかりに目を奪われがちなアイデンティティ追求の衝動を,現時点から未来へと向かうベクトルに転換しうる可能性が生まれる。

それは,Wilsonが動かぬ大陸の代わりに,自在に時空を超えて移動する音楽をアイデンティティの源に置こうとしていることとも通じる。Wilsonのサイクル劇の中で音楽が重要な要素であることはよく知られる。本作品でも子守唄が母親や過去の記憶を象徴する。子守唄のように世代を越えて伝えられてゆく文化の継承態様は,音楽の通時的側面の表れと言える。さらに,もう一つの音楽の側面,共有という共時的側面を用いることでコミュニティの形成が可能となる。

本発表では,中間航路の疑似体験という通過儀礼を経て一市民となったCitizenが,「アフリカン」としてのアイデンティティのみならず,「アメリカン」としてのアイデンティティを獲得し,共同体を形成する一員となるプロセスとその意味を提示する。また,本作品におけるカナダの “civilized people”への言及に注目し,Wilsonが観客そしてアメリカという国家に突きつけた問いについて考察する。