1. 1.抽象的過去への抵抗――Prisoner’s Dilemmaにおける物語行為の倫理

1.抽象的過去への抵抗――Prisoner’s Dilemmaにおける物語行為の倫理

岩橋 浩幸 大阪大学(院)


「語り直すことを決して止めてはならない」。Richard Powersの第二長編Prisoner’s Dilemma (1988) が発する教訓をこのように要約しても差し支えないだろう。そう要約できる理由は,「入れ子式構造」とも,「メビウスの輪」とも形容される物語構造が主人公Eddie Hobsonをめぐる絶えざる語り直しの産物だからである。しかしながら,そうした作品形式の目新しさゆえ,先行研究においては,物語構造の指摘に留まり,語り直し続けることが何故重要なのかはほとんど議論されてこなかった。この問いに答えることが本発表の目標だが,まずは,Hobsonが「過去を終わったと考えず,過去を抽象的なものに変えてしまうという選択肢を決して選ばなかった北半球最後の人間である」(PD 325) ことに着目し,「現在」という概念を持ち出すことから議論を始めたい。

抽象的過去とは,「現在」と切り離された,閉じられた物語のことを指すが,Hobsonがカセットテープに残した歴史改変物語“Hobstown”は,決して抽象的過去などではない。それは,確かに「過去」を扱っているものの,「現在」の物語である。「現在」の世界とそこに生きる個人が未だ抜け出せないでいる「囚人のジレンマ」が描かれていることだけが,その理由ではない。「現在」を先取りするがごとく,タイムカプセルに封入された<進歩の夢>が否定されている。また,“Hobstown”に登場するWalt Disneyの手による長編映画You Are the War(ただし,Hobsonの完全な空想の産物)は,物語が世界を変えうる可能性を前面に押し出して製作されたものであるが,Hobsonにとって,その映画は,閉じられた一つの物語の無力さの象徴であり,「現在」における再解釈の重要性を体現したものなのである。このように,Hobsonは,抽象的過去に抵抗するかのごとく,「過去」を「現在」に積極的に接続するわけだが,そうした語り直しの構造は,彼の意思を継いだ息子たちによる回想物語の挿入によって,より一層強化されている。

それでは,「過去」を「現在」の物語として語り直し続けることが何故重要なのか。その答えのヒントとなるのが,「人間誰にでも,誰もが思っている以上のものがある」(PD 153)というHobsonの信念である。つまり,彼は,抽象的過去の中だけでは決して個人の全貌は明らかにならないため,その枠に収まりきらない部分を回収する義務が自分にはあるという考えに取り憑かれているのだ。そして,そうした再発見は「現在」という文脈においてのみ可能だと彼は信じて疑わない。Prisoner’s Dilemma は,Powersの作品群の中でも,物語るという行為がとりわけ前景化されている作品だが,その根底にあるのは,こうした,「過去」に対する責任とでも言うべき,物語行為の倫理であることを,他のPowers作品にも言及しつつ,明らかにしたい。