1. 2.9.11への応答責任――Don DeLilloのFalling Man におけるテロリズムの乱反射

2.9.11への応答責任――Don DeLilloのFalling Man におけるテロリズムの乱反射

川村 亜樹 愛知大学


9.11の記憶と向き合おうとすると不可避的に中東が現前すると同時に,「そのとき何をしていたか」という問いに対する個別の語りがテロリズムの強大な力を乱反射する。このぬぐい去れない歴史の呼びかけによって,アメリカはグローバルな金融市場の夢からなかば醒めつつ,中東へとつながる先の見えない現実の砂漠をさ迷うことになる。その結果,アメリカは他者の呼びかけに応答責任のある主体を与えられ,他者との可変性を孕んだ歴史の共有を意識させられることになる。本発表ではこうしたアメリカに対する9.11の影響,そしてテロリズムの暴力への対抗戦略を,Judith Butlerの理論を参照しつつ,Don DeLilloのFalling Man (2007)をとおして考察する。

DeLilloはMao II (1991)で中東のテロリストを可視化し,9.11後間もなくエッセイ“In the Ruins of the Future”(2001)を発表し,同時期に執筆途中であったCosmopolis (2003)ではニューヨークでのテロを予感していたように,テロリズムをライトモチーフとして描いてきた。そのなかで,他者なるテロリストたちを想像するとともに,アメリカにおける歴史の存続やアメリカ的主体の変容の可能性を示すといったように,グローバル社会のなかでのアメリカとテロリズムの関係を多角的に思考する場を提供してきた。

Falling Man では,アメリカ的主体を体現するKeithは,ルールのある閉ざされた空間でポーカーゲームに日々没頭していたが,9.11の現場に居合わせ負傷する。その後自己再生のプロセスのなかで,テロの残響としての不倫を解消してポーカーの空間へ再び戻ろうとするが歴史の傷跡が消えることはない。その一方,テロの瞬間を繰り返し再現して騒動を引き起こす“falling man”を目撃する彼の妻Lianneは,テロリストたちへの鬱積する怒りを抱えながら,アルツハイマー患者たちとの語らいのなかでテロの記憶を分裂させていく。こうした点を踏まえ,トラウマの記憶を消し去ろうとする被害者である夫と,それを許さない妻が,息子とともに一つの家族を保っている状況について検討したい。

そのうえで,インタールードとして挿入されている,テロ実行に至るまでの準備期間におけるテロリストたちの心理的動揺を分析するとともに,中東とアメリカの直接の接触をとらえた圧巻のラストシーンである航空機突入の描写の意義について述べたい。9.11直後,アメリカの作家たちはテロを描写すべきかどうか公に議論していた。したがって,本発表ではその議論に「他者の呼びかけに応答責任のある主体」というキーワードをもとに一つの答えを出すことになる。