1. 4.帝国の経済学 ――William Faulknerとスノープシズム

4.帝国の経済学 ――William Faulknerとスノープシズム

山本 裕子 京都ノートルダム女子大学

 

米西戦争の1年前に生を享けたWilliam Faulknerは,1920年代に作家として歩み始め,1930年前後には後年傑作と称されることになる一連の「モダニスト」的作品群を生み出した。長い年月をかけて出版されたスノープス3部作――The Hamlet (1940), The Town (1957), The Mansion (1959)――の出発点も,Father Abraham 執筆に着手した1926年の冬に遡る。

20世紀初めの20年間といえば,アメリカは空前のリンカーン・ブームに沸いていた。ケンタッキー州の小屋からホワイトハウスへ上り詰めたAbraham Lincolnの「記憶」は,Horatio Alger風の立身出世を体現する存在として一般大衆に消費される商品となっただけでなく,1920年代のアメリカの「文化的記憶」(あるいはRaymond Williamsのいう“structure of feeling”)の変容を示している。「帝国の時代」(“the Age of Empire”)として知られる19世紀末から20世紀初頭の米西戦争前後,アメリカは急速な資本主義化を推進すると同時に,ハワイ,グアム,プエルトリコ,フィリピン等の海外領土を獲得し,世界への進出に政治経済の両輪で邁進していた。スペインとの戦争は,南北戦争以降の「分裂した家」を再結合し,金融帝国としての生まれ変わりを促進した。ナショナリズムの勃興とともに,アメリカの文化的記憶は「帝国」として新たな一歩を踏み出した自国の建国神話に修正を加え,Lincolnを南北統合の象徴,新しい帝国の父としたのである。

スノープス3部作で描き出されるFlem Snopesの興亡物語は,Lincolnの人生と,そしてアメリカ帝国主義の歴史と奇妙な符合を見せる。“Ab” Snopesの「長男」である彼は,Frenchman’s BendからJeffersonへ移住し,最終的には銀行の頭取に上りつめ「館」に住むまでになる。本発表では,アメリカン・スタディーズの研究成果を援用して,彼の金融帝国の興亡物語をアメリカの新しい寓話として読む。発表の目的は,スノープス3部作に通底する帝国と経済と性の交差点を浮き彫りにすることにある。「国家」という言葉が「国=家」というアナロジーを示すように,建国と子育て,帝国と経営,生産と出産は複雑に絡み合う。帝国の歴史とSnopeses との相関関係,Gavin StevensとEula Varner Snopes及びLinda Snopes との関係を議論の中心に,最終的には「スノープシズム」に映りこむ「アメリカ的不安」(“American anxiety”)を明らかにしたい。