1. 2.「富」という枷――The Portrait of a Lady に見る経済性

2.「富」という枷――The Portrait of a Lady に見る経済性

堤 千佳子 梅光学院大学

 

Henry Jamesの作品,特に後期のものについては経済性を内包した作品であると評されることが多い。そこでは従来の新世界アメリカ対旧世界ヨーロッパという対比だけではなく,経済力によって相手を支配する側と支配される側,搾取する側と抑圧される側という分類が可能である。 またThe American Scene においては二十数年ぶりにアメリカを訪れたJamesがアメリカ経済の発展に伴う都市,特にNew Yorkの変貌振りに驚愕の念を抱く。

前期の作品においても,“Daisy Miller”においては文化的衝突だけでなく,アメリカが経済的に台頭してきた時代を背景に,親子がそれぞれ経済活動を象徴するものとして描かれている。

The Portrait of a Lady についてはどうだろうか。

Jamesが長い間暖めていたある若い女性がその運命に対決していくという構想を小説という建築の土台として,その後広々とした屋敷に発展させていったと序文で述べられている。さらにJamesはこの女性のイメージを「特定の『価値』」としている。この比喩があまりにもつきすぎているのは作者自身の認めるところである。Jamesが土台に置いたレンガのひとつがIsabelにもたらされた財力である。主題の中心はIsabelの意識であるが,彼女の周辺の人物の意識に大きな影響をもたらすのが,財産である。Jamesの作品の男性が手にする財産とは異なり,Isabelの得た財産は,彼女の生をできるだけ見ごたえのあるものにするため,彼女の知らないところで付加されたものである。経済的足枷から逃れるために与えられた,新たな枷である。

男性登場人物についてはそれぞれ自分の財政状況を象徴する人物として経済的視点から分類できる。Goodwoodは自らの手で財産を作り上げ,女性に対しても自分の意を通そうとするアメリカのビジネスマン,Touchett氏はThe Golden BowlのVerver氏と同様にセルフメイドマンでありながら,現在は引退して,その財産を有効に使おうとしている人物,Ralfは親の財産によって働く必要もなく,人生の傍観者的立場を取っている。この立場はJamesやその父親の立場と関連付けて考えられる。Warburton卿は貴族として受け継いできたものを時代へつなぐ役目を負っている。Osmondはfortune hunterとして登場する。彼らの思惑がIsabelの生にどのように関わってくるのか,『創作ノート』や書簡集に見られるJamesの当初の考え方と『New York版』序文に著された考えとがどのように変化していったのかを,James自身の経済的状況,当時の社会的経済状況を分析しながら考察していく。