1. 4.最適化への欲望―産業社会の到来と時間・空間・身体をめぐる想像力

4.最適化への欲望―産業社会の到来と時間・空間・身体をめぐる想像力

鈴木  透 慶應義塾大学

 

南北戦争終結後から革新主義にかけての時代が,現代アメリカの原型となる産業社会の基礎が出来上がった時代であることは衆目の一致するところである。しかし,南北戦争までは農業国の域を出ていなかったアメリカが,1880年代にはイギリスを抜いて世界一の工業国に上り詰めてしまうほど,なぜ極めて短期間に産業社会へと変貌を遂げることができたのかという理由を,資源の豊富さや移民労働力の存在といった経済的要因のみから説明することは難しい。農業社会から産業社会への急激な移行には,ライフスタイルの変更を受けいれ,新たな環境へと積極的に適応しようとする人々の意志が不可欠だったはずである。そして,その移行期間の短さは,そうした時代の変化に乗り遅れまいとする強迫観念めいた想像力こそが,産業社会の急速な出現の陰の立役者であった可能性を暗示する。アメリカにおける産業社会の急速な出現の持つ意味を明らかにするためには,その種の危機意識の源泉・構造・射程をより鮮明に捉える作業がさらに必要であろう。

そこで本報告では,身体に対する危機意識に根ざした,身体を最適化せんとする発想が,文学テクストを含む社会の諸言説が連携する形で,19世紀後半のアメリカ社会でどのようにうごめいていたのかに着目し,それこそが南北戦争後の産業社会への急速な移行を演出する重要な歯車であった可能性について検証する。その際,本報告では,@そうした強迫観念の重要な源泉が産業社会内部というよりはむしろ南北戦争における人々の諸経験に由来すること,Aその意味において産業社会への移行は,南北戦争を原体験とする,時間・空間・身体(ないし行動)をコントロールしようとする発想が社会・文化の諸領域へと浸透していく過程として捉え直すことができること,Bそうしたプロセスに科学的言説が関与することで,最適化への障害物や淘汰されていくことに対する危機意識が増幅され,その痕跡は文学テクスト(Charlotte Perkins Gilman やW.E.B.DuBoisなど)にも止められていること,の三点に言及する。具体的には,自然時間から機械時間へのシフト,公衆衛生運動と伝染病対策,テイラーシステムと科学的経営管理,空間の差別化や行動の制限(環境保護,カラーライン,性の役割分担とヴィクトリアニズム),社会進化論と優生学,移民に対する同化政策と国旗崇拝,余暇の再編(食品開発とスポーツの近代化)など,この時代の身体を取り巻く多岐に渡る話題を経由しながら,身体の最適化への欲望が,産業社会を効率化しそれに乗り遅れないための知の追求であったと同時に,それが軍隊モデルともいうべきものを密かに産業社会後のアメリカへと接木しながら「アメリカ人」なるものの理想像をめぐる闘争をも生み出していた可能性を提起し,産業社会を手繰り寄せた想像力の歴史的意味を論じてみたい。