1. 2.Nathaniel Hawthorne の作品に見る美術館の誕生

2.Nathaniel Hawthorne の作品に見る美術館の誕生

竹野富美子 名城大学(非常勤)

 

Jonah Siegelが指摘するように,19世紀はヨーロッパにおいて社会体制に順応しない,孤高で英雄的な「芸術家」像が出現し,それに伴って芸術という秩序のある世界への憧れが起きた時代であった。同時にこの時代は,市民社会の成熟が大きな原動力となり,現代の意味での美術館の制度が整った時でもある。1793年にはルーブル美術館が一般公開され,大英博物館も,19世紀初めのロゼッタ・ストーンやエルギン・マーブルの入手に伴い現在のような形での一般公開がされるようになった。そしてそれらの美術館は「美の殿堂」として,視覚芸術による理想的世界観を市民に提示したのだった。このような文化的遺産の集積のないアメリカでも,市民の社会教育のため,美術館や博物館の設立の動きは活発だった。19世紀に入るとPeal’s Philadelphia Museum や the Columbian Institute,National Gallery などで,博物誌の展示と共に絵画の展示も行われ,ボストンやフィラデルフィアでは芸術協会が,もっと小規模ながらも収蔵作品を公開するようになる。

本発表ではこの歴史的背景をもとに,Nathaniel Hawthorneの文学テクストに見られる美術館の表象を分析する。

Hawthorneは絵画や彫刻をしばしば著作に取り上げており,またイタリア滞在で得た美術品の知識によって,Richard H. Brodheadの言う「美術館世界」に舞台を設定したThe Marble Faun を書きあげている。Hawthorneの著作に見られる視覚芸術のモチーフや意味について多くの研究者が考察しているが,ここでは彼の文学テクストに見られる美術作品の,いわば収納方法について検討したい。The Marble Faun には実際に多くの美術館が登場するが,彼のその他の著作にも絵画を所蔵する屋敷,観客を集めて鑑賞させるジオラマなど,美術館の役割を果たす機関が現れる。これらを分析して浮かび上がるのは所有権の問題と,作品と鑑賞者の関係である。誰がそれを所有するのか,そしてそれはどのような形で所有されるのか。鑑賞者は,芸術作品とどのような場所で対峙するのか。

クシシトフ・ポミアンによればコレクションとは「一時的もしくは永久に経済活動の流通回路の外に保たれ」その目的のために整備された閉ざされた場所で保護を受け,視線にさらされる人工物の集合である。Hawthorneの短編,例えば ”Edward Randolph’s Portrait”や”The Prophetic Pictures”では,誰かの所有物として家の奥深くしまわれる肖像画,つまり経済活動の流通経路からはずれ,収蔵された芸術作品は,しばしば不吉な影を帯びてくる。「美の殿堂」としての19世紀の美術館が芸術家像を補強し,芸術作品を聖別していった事実を逆照射するかのように,そのような保護を受けられない芸術作品が,彼の文学テクストの中では無理解な者の手によって破壊される。ここでは,Hawthorneの短編やThe Marble Faunを中心に,この美術作品と美術館の関係を考察したい。