1. 第6室(11号館 6階 1164教室)

第6室(11号館 6階 1164教室)

開始時刻
1. 午後2時00分 2. 午後2時55分
3. 午後3時50分 4. 午後4時45分(終了5時30分)
司会 内容
桧原 美恵

1.Julia Alvarez作品における権力構造のパラダイム−メイドたちのミミクリーと逆襲

  塚本 美穂 : 福岡女子大学(院)

2.有刺鉄線の向こうのモンゴロイド―Joy Kogawa,Cynthia Kadohata,Hiromi Gotoの描く先住民

  加藤有佳織 : 慶應義塾大学(院)

越智 博美

3.Sula におけるトラウマ的ヴィジョン

  隠岐 尚子 : 大阪大学(院)

4.アクチュアリティとグロテスク――Flannery O’Connorの作品における行為,融合,再創造

  山辺 省太 : 関東学院大学



塚本 美穂 福岡女子大学(院)

 

ニューヨーク生まれのJulia Alvarez (1950- )は,幼少時に過ごしたドミニカ共和国と米国での生活体験を描く作家である。彼女の作品で特徴的なのは,多数の語り手による声と複数のメイドたちの登場である。メイドは多くの場合,社会の低下層におかれ,主人公が上流階級に属する場合は存在感も薄い。しかしながら,Alvarezは !Yo! (1997)においては,主人公Yolandaを語り手として登場させず,脇役である一人のメイドを語り手として採用する。

インド出身の文芸批評家Gayatri Spivakは,Can the Subaltern Speak? の中で,カースト制の下層民サバルタンの失われた声を知識層や上流層からの声として主張しているが,Alvarezの場合は,社会階層の底辺に存在する女性のメイドたちを登場させて,あえて声を持つ主体として語らせ,彼女たちの視線からみた社会の経済的格差,教育格差,職業選択の自由,人種差別等の問題を浮かび上がらせる。社会の下層に生まれたことでメイドの子はメイドという社会体制,メイド間における人種差別にも言及する。

さらにAlvarezは,How the Garcia Girls Lost Their Accents (1991)において,肌の浅黒さを表現する時に,メイドの肌の色を“black-black”, “blue-black”,“light-skinned”と区別する。Alvarezの批判する肌の差異化は,マルティニークの精神科医フランツ・ファノンが『黒い皮膚・白い仮面』で指摘するように,有色人種の肌の色彩に関するコンプレックスを拡大させると同時に,白い肌への憧れと羨望を生み出す。これは,メイドNiveaの母親が,娘の肌をこすり,アメリカの洗顔クリームを肌に塗布し,肌が白くなるように願いを込めることからも明らかである。この白さへの憧れはファノンが述べる白人への憎悪とは対照的であり,一種のアメリカン・ドリーム的な羨望の眼差しがみられる。彼女たちは「黒い皮膚」をこすりとり,「白い仮面」をつけることを望んでいる。他のメイドGladysも女主人の捨てた米国雑誌のモデルの髪型を真似,ニューヨークで女優になることを夢見ているが,これはインドのポストコロニアル批評家ホミ・バーバが提唱する,西欧人への憧れや模倣であるミミクリーを連想させる。しかし,メイドたちのミミクリーは西欧人への外見的な模倣であり,羨望を持って受け入れる表面的な文化の受容でしかありえず,バーバの定義する支配者に対する反権威主義的な言動はみられない。

唯一例外として提示されたのが,!Yo! に登場するSaritaのケースである。AlvarezはあえてSaritaの父親をGarcia 一家の男,母をメイドという設定にし,Saritaを米国で自分の境遇を変える人物として描く。社会構造における被支配者が支配者に対抗する手立てとして,Saritaに一時的なプロのテニス選手ではなく,精神科医というスキルを持つ職業を選択させることで,主人公Yolandaを見返すのである。メイドの子であったSaritaは,質素な衣服をまとい,安月給で家族も持てないYolandaのアイデンティティを脅かす存在になったといえる。

本発表では,社会構造に従順なメイドGladysと,社会構造へ対抗する被支配者のメイドSaritaを対極的に提示することによって,メイドたちの階級社会における差異を考察するとともに,ドミニカ共和国におけるハイチの人種問題やドミニカ共和国の階級社会の背景に潜む権力のパラダイムの構造を検討したい。


加藤有佳織 慶應義塾大学(院)

 

第二次世界大戦下,アメリカ合衆国およびカナダでは,軍事的理由から西海岸地域に暮らす日系人の強制収容が実施された。戦争が終わると収容者は解放されるが,政府による謝罪や補償は1988年の日系アメリカ人補償法制定やリドレス運動合意まで待たなければならなかった。この強制収容という出来事は日系作家の多くにとって重要な題材であり,彼らの作品を論じる際には避けがたい論点の一つとなるが,強制収容をめぐる複数の文化的文脈を考慮することもまた必要である。本発表は,とくに収容者と先住民の交流に関心を寄せる作品を,歴史的背景やモンゴロイド種の言説を参照しながら分析し,日系人を先住民に喩える文学的・文化的傾向の一部を提示することを試みる。

実際に日系人収容者と収容所に近接した保留地に暮らす先住民のあいだには交流があったことを踏まえ,Cynthia Kadohataや Hiromi Gotoは強制収容を先住民の視点からも見直そうとする。たとえば,アリゾナ州のポストン収容所は保留地への転用を将来的な目的として建設され,インディアン局の管轄下にあった。ここを舞台とするKadohataのWeedflower (2006)は,収容者の少女Sumikoと有刺鉄線の外側に住むモハービ族の少年Frankとの交流を描く。一方カナダでは,Genshichi Takahashiの回想によれば,BC州内陸の平原に建設された収容所の収容者は,収容所を訪れる先住民とともに野菜の栽培販売を行なうこともあった。1980年代にアルバータ平原の農園に移住した日系人家族の物語The Kappa Child (2001)においてGotoは,語り手の少女が,農園を囲む有刺鉄線の向こうに日系ブラッドインディアンの少年Geraldがいることに「ほっとする」と描くのだが,それはTakahashiの回想を彷彿とさせる。これらの作品は,収容所付近の先住民の存在をあらためて示すとともに,先住民にとって日系人強制収容はいかなる意味を持つかを示唆する。

まったく同時に,日系作家が強制収容の文脈で先住民を描くとき,戦後合衆国およびカナダにおける補償運動での強制収容と先住民強制移住の関わりも照射される。補償運動は日系人強制収容をひろく人権問題と定義することで推進力を得た。たとえばカナダのDavid Suzukiは先住民強制移住に連なる問題であると主張し,運動に加わったJoy KogawaはObasan (1981)で一世のIsamuを先住民に喩えるなど,日系人と先住民の類似を強調する。それは,補償運動推進のために有効なレトリックとして,北米の先住民というアイコンの戦略的再利用である一方で,Philip J. Deloriaが精査した「インディアンのふりをする」伝統の一端に位置するものでもあるだろう。日系人が,かつてアジア系アメリカ人と称された先住民を演じることはいかなる意味を持つのだろうか。本発表は,KogawaやKadohata,Gotoといった日系作家たちが,多義性を抱えながら日系人を先住民に擬えるゆえんを探ることを目指すものである。


隠岐 尚子 大阪大学(院)

 

Toni Morrisonの作品群は,オーラリティがもつ重要性の観点から論じられることが多いが,Sula (1973)のタイトル・キャラクターは貪欲に物事を見ようとする。しかしこの作品で表されているのは,理解の基盤となるような視覚ではなく,むしろそれを切り崩そうとするようなトラウマ的ヴィジョンである。Sulaは,シェル・ショックを患う第一次世界大戦の帰還兵・Shadrackとともに,ボトム共同体の人々から「悪魔」と呼ばれるが,この二人を唯一結び付けているのは,衝撃的な他人の死を目撃するという経験である。

NelとSulaの長年に渡る友情物語において,結節点となるような役割を果たすShadrackについて,批評家たちは様々に論じてきた。しかし,Shadrackの原風景ともいえる戦場体験の描写そのものが,作品に与える重要性については,詳しく論じられることはなかった。エッセー“Unspeakable Things Unspoken”で明かされるように,最初に意図されていた書き出しは,Shadrackの眼前で展開される,仲間の兵士の生々しい死の光景である。Morrisonは,自分が追求するアフリカ系アメリカ文学の美学を説明する上で,後から書き足した共同体を描写するプロローグが,主流文化への迎合であったと振り返っており,このことからも,Shadrackの経験が物語冒頭で提示されることの重要性が考慮されるべきである。

Cathy Caruthは,神経生理学の見解を踏まえて,トラウマ記憶の細部にわたる正確さと,それが記憶される過程における通常のコード化の欠落との,奇妙な関連性を指摘している。頭を吹き飛ばされ,「そのショックを記憶する前に」走っていく兵士の身体の描写は,それを見たために全ての記憶を失う,Shadrackが被るトラウマを予兆している。またMorrisonの,導入部なしに読者を戦場体験へと引き込む当初の意図は,コード化すべき文脈が与えられる前に,読者が鮮烈な死の光景に遭遇することに反映されている。

しかし一方で,このようなトラウマ的ヴィジョンに対して,自分の母親が焼死する様子にさえ美的な興味を持って見つめる,Sulaの窃視的反応がある。彼女がそこに見出すのは,「母の死」という意味ではなく,「炎に包まれてダンスする人」である。Susan Sontagは,写真を通して見ることは美的感覚と感情的な距離を養うことであると述べているが,Sulaはまさにカメラを覗くように,被写体にフレームをつけることで,物事を文脈から切り離して見ている。このようにトラウマ的ヴィジョンに対する反応は,ShadrackとSulaを両極として表されており,両者は表裏一体である。

Sontagが,「物語は私たちに理解させるが,写真は取りつく(haunt)」という時,言葉によらない写真のイメージが持つ衝撃力を言い表しているが,Morrisonはこの読者に取りつくようなイメージを,喚起力を持つ言葉によって構築している。また,しばしば指摘される作品の円環的構造は,読者に再読を促しており,トラウマ記憶の反復性を連想させる。このようなSulaの物語形式は,切り取られたイメージが説明不可能なものへと陥る前で,言葉によって繋ぎ止め,理解することとの接点を模索するものである。


山辺 省太 関東学院大学

 

Flannery O’Connorの描く暴力的な文学世界が,彼女の信仰するカソリック世界とその底流において深く繋がっていることは今さら言うまでもない。そうでありながら,O’Connorはカソリックの世界を描くのに特に難しい神学的論議を文学作品に持ち出すことはしない。むしろ逆に,「カソリック小説とは,物質と人間関係の織り成すこの世にリアリティが現われて見えるままに」描くことであると言い,その文学世界は徹底したリアリズムである。そうであるならば,なぜ彼女の描く現実世界は一見リアリズムから逸脱したようなグロテスクな世界として読者の目に映るのだろうか。

実際のところ,O’Connorの中ではこれら二つ――「現われて見えるままの」現実世界とグロテスクな世界――は矛盾しない。もちろん,読者に暴力的な衝撃を与えるために,文学的技法として物質や人物をデフォルメし,グロテスクな形象を作り上げることを仄めかしはするが,それでもO’Connorにとってグロテスクとは「飾りのないそのまま」(literal) なものであり,「子供の絵が事実に忠実であるのと同じように事実に即しており,子供は見たものをねじ曲げようとはしないのだ」と,彼女独自の概念を展開する。

O’Connorにとって現実世界とは神の創造した神聖な世界,彼女の表現をそのまま用いれば“all of reality is the potential kingdom of Christ, and the face of the earth is waiting to be recreated by his spirit”であり,そして最後の審判の後に降臨する「神の国」へと形成されていく世界なのだ。「再創造」という考え方は,彼女が愛読したPierre Teilhard de ChardinのThe Phenomenon of Man やThe Divine Milieu に書かれた「進化」と共振しているのであろう。この「進化」の辿り着く点を「オメガ点」と彼は名づけているが,それは世界に存在するすべてものが有機的統一体として融合しながら収斂する究極の一点,つまり創造の完結する終点である。そして,「進化」という運動の原動力となるのが,世界の分子同士が互いに呼び交わしながら浸透し合う「融合」「結合」である,とTeilhard de Chardinは言う。

周知のごとく,グロテスクとはイタリア語のグロッタ (洞窟) という語源を持ち,その壁に描かれた模様が自然界の規範から逸脱したような植物,動物,人間の渦巻きの如く絡み合った形象であることに端を発し,そしてそれは現実世界の秩序や境界線の攪乱を示すことで見る者の精神的攪乱を引き起こす。もしO’Connorにとって現実世界が物質間の安定した境界が崩れ落ちながら再創造されていくものであるなら,それは当然グロテスクな形象との共犯関係を持たざるをえないであろう。本発表においては,これまでの批評においてつとに指摘されてきたO’Connor文学のグロテスクさを再検証しつつ,彼女の現実世界――特にアクチュアリティという言葉に留意しつつ――に秘められた神学的な意義について考察したい。彼女が死の床で執筆した“Parker’s Back”を主に取り扱う予定である。