1. 第3室(11号館 6階 1162教室)

第3室(11号館 6階 1162教室)

開始時刻
1. 午後2時00分 2. 午後2時55分
3. 午後3時50分 4. 午後4時45分(終了5時30分)
司会 内容
重迫 和美

1.心理学的観点よりのCaddy Compsonの一考察

  小野 雅子 : 國學院大学(非常勤)

2.アウラ,航空経由でアメリカへ――『標識塔』におけるポストコロニアル・メタファー

  山根 亮一 : 慶應義塾大学(院)

大地 真介

3.ヨクナパトーファ郡の松林の丘に住む貧乏白人たち──ヒルビリーとアパラチアのイメージ──

  森岡  隆 : 和歌山工業高等専門学校

4.Robert Penn Warren, Brother to Dragons における“a human constant” なる要素について

  香ノ木隆臣 : 岐阜県立看護大学



小野 雅子 國學院大学(非常勤)

 

この考察の出発点は,様々な「何故?」である。後になって書かれたAppendixに登場するCaddy(らしき女性)とThe Sound and the Fury に描かれるCaddyが異なった印象なのは何故か?子どもの頃のCaddyと成人してからのCaddyが異なった印象なのは何故か?兄QuentinがCaddyと恋人との仲をさき,家族が彼女に南部の理想的な貴婦人像を体現するように求めたことで,Caddyは多くの男性と性的交渉を持ち,父親のわからない子どもまで宿したという批評通りなのだが,そういう心の状況に至るプロセスはどのようなものなのか?母親が母親らしくない,父親が酒に溺れる家庭に育つというのは,どういうことなのか?一体何が起きていたのか?

これまで,心理学的な側面から,FreudやLacanの精神分析を使って説明しようという試みが多数なされてきた。しかし,そうした様々な試みによっても,Caddyはつかみどころがなく,逆に,それが多くの批評家を惹きつけてきた。

そうした批評家の末席から,私自身は,FreudやLacanではなく,Freudに影響を受けた様々な精神科医や心理学者の理論からCaddyについて考えてみたい。

Freud以後の今日に至る新たな心理学による分析に対して,「時代や社会の状況が異なる」というご意見もあろう。確かに,今日は,この作品が書かれた1920年代より遥かに複雑化している。今日の社会や個人を分析する精神分析及び心理学が,20年代の作品に登場するCaddyの分析に当てはまらない部分は当然ある。

しかしながら,今日から見ると,Freudが行った患者の分析では不充分だったというものもある。今日新たな名称を与えられている心の病気で,当時も存在していたが,当時は分析しきれないまま,他の病名の範疇にあったものもある。よって,私は,Caddyを,女性患者の多い,今日でいう境界性パーソナリティ障害の状態にあったのではないかと考えている。

そこで,先に挙げた様々な問いに答える形で,人格の変容,機能不全家族,家族というシステム,ハラスメント,社会の要請等をキーワードに,様々な視点からCaddyに何が起こっていたのかを分析していきたい。Caddyは,Faulknerという作家が創造した架空の存在にすぎないとか,他方,彼女の内面が描かれていないのだから,三兄弟の視点から見た像に過ぎないという見方もあろう。しかしながら,この障害の症状を示す女性をFaulknerが描くことができたのは,心の内で何が起きているのかは不明でも,こういう症状を示す女性が当時いたからではないか。また,Marilyn Monroeもこの障害だったのではと言われているが,当時はまだこの病気は解明されていなかったので,今日になって,そうだったと推測されるのみである。欧米のみならず日本でも,今日多くの症例が見られる境界性パーソナリティ障害について,この作品により多くの人々の理解が深まるとしたら,それは,文学の「持続可能性」への道を開くかもしれないように思う。仮に,そうしたことに寄与できるとしたら幸いである。


山根 亮一 慶應義塾大学(院)

 

航空ショーに群がる曲乗りグループと匿名のreporterを扱う非ヨクナパトーファ小説Pylon (1935)は,William Faulknerのキャリアにおいて異質な作風と表層的な造形のため日陰の存在であったが,近年ではTaylor Hagoodの間テクスト性を巡る議論や,John T. Matthewsのマクロな歴史的視点により少しずつ脚光を浴び始めている。しかしこれまでの議論で見落とされてきたのは,同時期に執筆された傑作Absalom, Absalom! (1936)で深遠な歴史観を提示したこの作家と20世紀アメリカ国家像を連結するための,より広範かつ詳細な言説空間の議論であろう。

Pylon が表出するのはHomi K. Bhabhaが論じるナラティヴの権利である。匿名の主人公であるreporterはしばしば酩酊しており,その職能にも関わらず語り手として全く機能していない。その空疎を埋めるかのごとく,遍在する拡声器の声が沈黙した社会を満たし,消費社会における大衆を産出する。その力動的な不均衡と連動し,全体を通してJoyce的な機械言語が作品内を闊歩しており,作品全体の茫漠とした雰囲気を増長している。とはいえ,このモダニズム的疎外はあくまで作品の別のアクセントを示すための特徴に過ぎない。Feinman大佐とアメリカ航空技術協会の前でRoger Shumannの危険な飛行機の所有権を偽証するreporterは,Faulknerのコミュニケーションに関わる問題を明確に体現している。Bhabhaにとってそれは,陶酔/アウラと交渉/アゴラの分節化の問題であろう。結果的にRogerが標識塔に激突し,観衆を避けながら湖へと墜落死するという英雄的なニュースを産出してしまったreporterは,意図せずとも語り手のin-betweenな「人間」存在を露呈させている。この時,読者は内在的に物語の創作構造を体験するのと同時に,読者の視線自体を問題化させる二重性を要求される。この二重性は,他者へと開かれた陶酔を保障するために,ひいてはナラティヴの権利を保障するために不可欠な要素となるが,ではこのナラティヴの権利は何を主張するのか。

架空でありながら,現実の空間への繋がりを持つNew Valois(New Orleansがモデル)でどさ回りの曲乗りグループが飛翔するのは,単なる空に限定されない。彼らは戦争の世紀を特徴づける軍事大国としてのアメリカ像と密接に関わる言説空間を彷徨する。生井英考によれば,世紀転換期における航空技術への憧憬から,21世紀まで貫通する「帝国」アメリカの制空権への希求に至るまで,飛行機のメタファーは植民地主義の文脈において示唆的である。また,空のメタファーはテクスト内において修辞的な事実を構築し,拡張と覇権への欲望を裏付ける場所となっている。Shumannの飛行機の所有権を巡る場面では,Feinman大佐はFranklin D. Rooseveltと,そしてアメリカ航空技術協会(American Aeronautical Association)は同時代のAgricultural Adjustment Administrationと接続可能であり,この時Feinmanは空に農業調整法は無いと述べることでShumannを援護する。そうしてこの飛行機の不具合によりパイロットは死に至るのだ。以上の視角より,本発表は,大戦間期のアメリカ植民地主義と分節化される航空機文化に対してナラティヴの権利を主張する唯一のFaulkner作品として,Pylon を考察する。


森岡  隆 和歌山工業高等専門学校

 

William Faulknerの描く貧乏白人の多くは,藤や糸杉が茂るフレンチマンズ・ベンドのような,丘の麓の水はけの悪い地域に住んでいる。その一方で彼は,松が茂る丘の高台で自給自足の生活をする貧乏白人の姿も描いており,本研究ではこの松林の丘,とくにヨクナパトーファ郡(以下「ヨクナパトーファ」)内の松林の丘に住む貧乏白人について論考する。

ジェファソン郊外のマッカラム農園やその周辺,さらに東部の地域,第4区(Beat Four)に暮らす貧乏白人を取り上げ,松が繁茂するアパラチア山脈南部地域(以下「アパラチア」)に住む人々と,ヨクナパトーファの松林の丘に住む貧乏白人との,間接的ではあるものの,密接な関連性を指摘する。

一部の研究者の間では今なお,Faulknerの描く貧乏白人と,アパラチアの住人たちとが混同されて論じられている。これは貧乏白人のいわゆる「ヒルビリー・イメージ」(hillbilly stereotypes)が,「アパラチアのイメージ」(Appalachian stereotypes)と重なることに起因すると推測される。その誤解によるものか,我が国の『フォークナー全集』の翻訳も,最終期に刊行されたもの以外は,原文の “hill” は「山」と訳されている。けれどもブラウンが指摘するようにミシシッピ州に山はなく,Thomas Sutpenのようなアパラチア出身の者を除き,ヨクナパトーファの貧乏白人はアパラチアに代表される山の人々と直接結びつくものではない。

「ヒルビリー・イメージ」とは,ニュー・イングランドの開拓民,アパラチアやオザークなどの山岳地の人々,丘に住む貧乏白人などの要素が混じりあったもので,現在ではおおむね否定的なニュアンスを持つ。他方「アパラチアのイメージ」は,アパラチアにはヴィクトリア朝時代の手工業的な生活と開拓民の生活の両者が残存するとする,やや肯定的なものだ。本研究では,これらのイメージを手がかりに,上述の誤解を出発点として,傷心のYoung Bayardや州徴兵調査官Pearson,冷静沈着なGavinと成長途上のCharles [Chick]が物語の中でそれぞれ感じた,ヨクナパトーファの松林の丘に住む貧乏白人たちへの強い思いを検証する。そのうえで,テキストに表出する語り手の,「白人の他者」(white Others)についての信念を指摘し,それが「ヒルビリー・イメージ」や「アパラチアのイメージ」によっていかに変容するかを考察する。そして最後に,松が繁茂するアパラチアに住む人々と,ヨクナパトーファの松林の丘に住む貧乏白人との,間接的ではあるものの,密接な関連性を示し,本研究の今後の方向性を提案する。

なお本研究で扱う主な作品は,Flags in the Dust,“The Tall Men”,Intruder in the Dust,Knight’s Gambit である。


香ノ木隆臣 岐阜県立看護大学

 

Robert Penn Warren の長篇詩Brother to Dragons (1953; 1979以下BD ) は,Thomas Jefferson の甥が1811年10月に黒人奴隷を殺害した史実を題材に,Jeffersonや作者のペルソナR.P.W. といった複数の人物が登場し,「任意の場所,任意の時代」を背景として事件をめぐるプロットが対話形式で進行する物語の体裁をとった詩作品である。作者は序文で “the issues that the characters here discuss are, in my view at least, a human constant” と述べて,この物語詩の登場人物と舞台設定は普遍的な価値観を探求しようとする作者の意思を反映させたものであることを示している。

arrenは建国の父祖Jeffersonの親戚の醜聞を取り上げて,アメリカ史の暗部に切り込むことで,アメリカ的価値観そのものの再検討を読者に促している。この作品を執筆し始めた1940年代半ばから,彼は社会性の濃厚な作品を出版したが,これは第二次世界大戦後のアメリカがソ連との冷戦状態にあり,アメリカ的価値観が称揚されると同時に,マッカーシィズムの全盛の時期にあたっていたことにその理由の一端があるだろう。

具体的には,長篇小説All the King’s Men (以下AKM )では語り手Jack Burden の成長を通して個々人の連鎖の感覚の重要性を,World Enough and Time(以下WET )では理想主義に生きることの危険をWarrenは説いた。続く本作品BD では双方の要素が融合され,中心的登場人物R.P.W.は他の登場人物との対話を通して甥の事件に対するJeffersonの深い苦悩を知り,Jeffersonと共にR.P.W.自身が認識を変化させていくという特徴がある。小説であるAKM,WET に比べ,詩であるBD では実験的な手法が用いられており,作者Warrenの思考が様々な登場人物にうまく分散されて表わされている。物語が真空状態で象徴的な言語を用いて展開され,Jeffersonに仮託されたアメリカ的理想主義そのものが周囲の人物との関係のなかで吟味される。Jeffersonは自身の人間性への信頼が周囲の人物を死に追いやったことを悟る。一方でR.P.W.は当初はJeffersonを非難していたものの,次第に彼の内的変化を知って自身も認識を変化させている。本発表では,R.P.W.とJeffersonが罪のもつ意義に思いを致して他者に対する認識を変えていく軌跡を,登場人物間の対話のなかに探る。

BD は初版から26年後に大幅に改訂されて再版された。好評を博して版を重ねた1953年版に対し,1979年版は初版のみに終わったものの,作者自身はこの第2版が決定版であることを,序文やインタビューで繰り返し強調している。この発表では,ひとつの完成された作品として解釈するという観点から1979年版を採用するが,適宜,1953年版との比較を試みる。1953年以前のWarrenは,詩集としては事実上の私家版2冊と自選詩集1冊を出したのみであったが,1953年BD 出版以降は,小説よりも詩と社会評論に軸足を移し,没するまでに12冊の詩集を出版し,そのうちの2冊はPulitzer賞に選ばれた。1979年のBD 第2版までに,Who Speaks for the Negro?, The Legacy of the Civil War, Democracy and Poetry といった評論も出版している。彼はBD で取り上げた,アメリカ的オプティミズムに代わる価値観を,これらの評論でも粘り強く追究した。Warrenが1953年にBD で提起した,“a human constant” としての人物が織りなすドラマに表象された問題は,彼自身のなかで変わらぬ重要性を保ち続けたのである。