1. 『鳩の翼』 欲望を刺激するもの

『鳩の翼』 欲望を刺激するもの

梅光学院大学 堤 千佳子

 

ジェイムズの円熟期の3部作の一つ、The Wings of the Dove (1902)については経済的要素を強く持つ作品としてみなされることは周知の事実である。ここで言う経済的要素とは消費社会の枠組みの中で、登場人物たちが商品としてみなされ、交換経済という観点からプロットが進められるということである。

この作品においては主人公Milly Thealeについて、彼女の財産を狙うKate Croyによって、富や資産としての位置づけが繰り返しなされている。財力を示す手段は「閑暇と財の顕著な消費」(Veblen)であるとされるが、Millyの宝石、ヴェニスの宮殿などは「顕示的消費」を象徴するものに他ならない。商品は外見で自らの価値を語るものなので、Millyの価値は彼女の所有する財産、あるいはそれによってもたらされる彼女の付属物によって語られることとなる。死と隣り合わせの彼女の病は本来ならば、彼女の商品価値を貶めるものであるはずだが、彼女は避けがたい死によって相手に遺産を贈るという媒体にもなっているため、KateやLord Markなど彼女の財産を狙うものにとっては逆に彼女の価値をさらに高めるものとなる。

但し、Kate自身も父や叔母によって彼らの益となる持ち駒、商品としてみなされている。ただ彼女は自分自身の価値観、意思を堅持するため、他者を欺く演技によってその本質を守ろうとしている。その一方で恋人Densherとの関係において、彼女の真意を測ろうとするDensherからの要求によって、彼の協力を取り付ける代わりに関係を持つという、交換経済的に見て自らの商品価値を認識し、それを活用している。

Millyという存在、その財産が他者の欲望を刺激する。Millyを中心として、その周囲の人間の視線が交錯する中に、さらに様々な欲望が生じ、人々を動かしていく。自らの欲望を隠蔽するために、人は演技をし、演技という虚偽が真実に変質し、関係を不可逆的に変化させていく。

その一方でこの作品にはジェイムズの他の作品よりもアレゴリーが多く用いられ、Millyのイメージも「王女」や「鳩」のようにロマンス性を帯びている。しかもどちらも財を結びついてもいる。この作品の中で扱われている様々な消費、欲望の姿、経済的活動について読み解いていきたい。