1. The Ivory Tower のNewport

The Ivory Tower のNewport

お茶の水女子大学名誉教授 海老根静江

 

1916年Henry Jamesが亡くなった時、二つの未完の小説、The Sense of the Past と The Ivory Tower が残された。予定のほぼ三分の一の完成を見た『象牙の塔』の舞台は若き日の記憶からすっかり姿を変えたNewportである。長い不在の後に再訪したジェイムズの目に「小さな、何も持たない、開いた手」が突然無理やりに金を握らされている(The American Scene)と映ったニューポートは、1871年のスケッチや短編に描かれ、1910年の兄Williamの死直後から着手された自伝のNotes of a Son and Brother においてはMinny Templeの追憶とも重ねられたひなびた趣のあるニューポートから一変し、鉄道王Vanderbilt一族の二つの大邸宅をはじめ途方もない富を顕示する建造物が幾つも存在する土地になっていた。

夏目漱石の『明暗』にも似てジェイムズの新たな展開を予感させながら肝心の部分まで辿りついていないような『象牙の塔』を論じるのは難しい。The Golden Bowl のAdam Ververの背後にある富の力についてジェイムズが踏み込んだ考察を実行しようとしたと感じさせる作品であり、未完であることに「喪失感を覚える」(Alan Hollinghurst)のであるが、ヒロインRosanna Gawが最終的に意味するに至るものはわからず、『象牙の塔』のキャビネットというシンボル、そこに隠された書類の謎についての手掛かりは与えられない。主人公Graham Fiedler、DaveyとGussyのBradham夫妻、陰謀的なHorton VintとCissy Foyのカップルのおりなす関係、予定されていたニューヨークとレノックスという二つの土地が果たしてどんな形で生かされたのか、結局そもそも完成の可能性がなく、或いはひょっとして手ひどいアンティクライマックスが待っていたのかもしれないなどと考える読者は、10章中の第4章に入ってすぐにセンテンスの途中で置き去りにされるのである。

それでもこの作品にはジェイムズが19世紀とともに20世紀の作家であり、モダニズム文学とはまた違ったものを目指していたことを示している。「金」の力への新たな洞察という視点と作品の舞台であるニューポートの意味について、ジェイムズによる二種類の覚え書を資料とし、バルザックとゾラの金融小説も視野に入れて論じてみたい。