1. 2.『彼らの目は神を見ていた』におけるセルフ・ヘルプとニューディール

2.『彼らの目は神を見ていた』におけるセルフ・ヘルプとニューディール

深瀬有希子 東京理科大学

 

Zora Neale HurstonのTheir Eyes Were Watching God (1937)は、主人公ジェイニーが祖母の言いつけに従い財ある男性と結婚するも、その後は己の意思で共に生きるべき相手を選び、ついには夫の命を絶ち自らが生きのびる様を描く――黒人女性が自立を模索し獲得していく物語である。多くの批評家によって、ジェイニーが二番目の夫ジョー・スタークスに口答えして彼をやりこめる件は、彼女が「声」を獲得する決定的場面であると指摘されてきた。では一方、ジェイニーが胸の内を明かさないかのごとく「声」の表出に抑制をきかせる場合はあっただろうか。これに関する場面として、ミセス・ターナーという白さを崇拝する人物が、薄い色の肌をしたジェイニーに近づき自分の弟との再婚を勧める箇所が思いつく。この時ミセス・ターナーはブッカー・T・ワシントンを白人にすりよる黒人だと非難するが、それに対してジェイニーは、自分はワシントンを尊敬する環境で育ったと一言述べるにとどまる。

ここで考えるのは、本作品ではいわばワシントン的立身出世はどのように描かれ、誰がそれを体現しているかという点である。それはジェイニーの最愛の夫ティー・ケイクなのか、彼女が打ちのめしたジョー・スタークスなのか。またさらに、ジェイニーに再婚話を持ちかけたミセス・ターナーの食堂経営が、ティー・ケイクら黒人季節労働者がなす巧妙なパフォーマンスにより妨害されるという展開は、黒人共同体における経済的自立の問題とどう関わるのだろうか。作中では、服の裏側に金銭を隠し持つなどして、ジェイニーが財を守ろうとする様子が何度か描かれている。ジェイニーが黒人仲間の羨望の的になるのは、彼女の機知、好奇心、寛容、薄い色の肌、そしてこの財産のためでもあった。財を持つ黒人女性主人公としてほかに思いうかぶのは、Toni Morrisonが描くスーラである。実はスーラには十分な貯えがあったゆえに、町ののけ者であり「おひとりさま」であった彼女の葬儀は白人の手によって無事とり行われたのだった。

Hurstonは1928年オキチョビー・ハリケーン襲来前後のフロリダ黒人民衆の生活を、1936年より滞在していたハイチにて振り返り物語った。本発表では、ブッカー・T・ワシントンやオールドライトに共感し、ニューディール政策に異議を唱えたというHurstonの自立・自助観を、本作品以後に書かれた文章とともに考察する予定である。