1. 3.異国――James BaldwinのAnother Country における<場>の表象とスタイル

3.異国――James BaldwinのAnother Country における<場>の表象とスタイル

辻  秀雄 首都大学東京

 

James Baldwinの第三長編、Another Country (1962)は、Baldwin文学を特徴づける、時として過剰な感受性と、それを伝える文体が際立つ作品である。そうしたAnother Countryのスタイルを、同作品の空間表象とのつながりから検討するのが、本発表の目的である。

その題名がよく示すように、Another Countryにおける「場」の重要性は明白であろう。自伝的色合いの濃い第一長編、Go Tell It on the Mountain (1953) でアフリカン・アメリカンの青年主人公が家庭やコミュニティにおいて感じる閉塞感や疎外感を描いたBaldwinは、続くGiovanni’s Room (1956)で舞台をハーレムからパリへと移し、バイセクシュアルの白人男性を主人公に据えてその孤独に焦点を当てるという大きな実験を試みる。この反動であるかのように、Another Countryは再び舞台をニューヨークへ戻し、白人とアフリカン・アメリカンが入り混じった一群の登場人物たちの関係や摩擦のなかに、個々人間に結ばれうるつながりが模索される。この第三長編までの大西洋横断的な道程は、Another Country自体に落とし込まれ、愛憎入り乱れ、暴力、裏切りがあふれるニューヨークと、牧歌的な性の楽園としての南仏が対比的に描かれるなか、人種問題やホモフォビアに代表される、アメリカにおける様々な人間関係を巡る困難が際立たせられる。と同時に、登場人物たちを通してそうした問題を直視しようとするBaldwinの強い決意が、読者をゆさぶる。

このように、異国空間や亡命者的生活は、アメリカにいては得ることのできない視座を作品内外でBaldwinに与えた。しかし、本発表が注目するのは、異国が単に創作に有効な視座を提供したということだけではなく、Another Countryにおけるそうした経由的な自己のルーツの掘り下げが、反復的かつ連鎖的に積み重なってAnother Countryという小説そのものを成している可能性だ。換言すれば、異国から自国へ向けられた眼差しは、自己を他者との関係性においてとらえなおす登場人物たちの葛藤と響きあい、その自己探求が逆説的にも他に開かれた営為として現れてくるのである。この点、Another Countryの主要登場人物の一人、Vivaldoが作家志望であることは見逃せない。彼がまだ真の作品を書くには至らない理由が、「自己の秘密を世の光にさらすことができていない」とされるからだ。個人の奥底にひそむ秘密を言語化するということ、すなわち、アイデンティティの模索が他とのコミュニケーションの道具によってこそなされるというBaldwinの明察と実践は、彼の文学スタイルを理解する手助けになろう。

すなわち、同小説前半において自殺するアフリカン・アメリカンのジャズ・ドラマー、Rufusがセッションを共にしたサックス奏者の渾身の演奏に聞き取った「俺を愛しているか、俺を愛しているか」というメッセージ、そのような直接的で密接な問いかけをこそ、Another Countryのスタイルに位置付けていきたい。Baldwin文学の伝染的、媒介的な力は、このようにスタイルを動的な所作として解釈することで明らかになってくるはずだからだ。