1. 4.祖父の亡霊とギリシャ悲劇の接点――Ralph EllisonのInvisible Man

4.祖父の亡霊とギリシャ悲劇の接点――Ralph EllisonのInvisible Man

松本  昇 国士舘大学

 

Ralph Ellisonの小説Invisible Man (1952)のエピグラフには、T.S. Eliotの戯曲The Family Reunion (1939)の一節が引用されている。「いいかい、おまえらは僕を見ているのではない。おまえらがニヤニヤ笑いかけている相手は僕ではないし、打ち明け話をするような顔で有罪だと言わんばかりに見ている相手も僕ではなくて、別の人間なんだ。そうじゃないんだ。死体嗜好症のおまえらなんか、そいつの亡骸でも食っていればいいんだ」。こう語るのは、放浪の旅から帰国したハリーであり、語りかける相手は亡霊のような影、つまりギリシャ悲劇に登場する復讐の女神たちエウメニデスである。

ハリーがこれらの言葉を発したのは、彼の母親で北アイルランドに住む未亡人の邸宅の応接間のことであり、その日、未亡人の誕生日を祝うために親族が集まっていた。だが、ハリーがこのように語りかけても、親族には彼が語りかけている相手が見えず、親族は、ハリーが狂気に陥っていると思い込む。

かつてハリーは、結婚した妻と一緒に船で大西洋を横断していたとき、妻を船上から突き落として死なせたことがあった。今福龍太はその著『群島――世界論』(2008)に収められた「痛苦の規範」の中で、この痛ましい逸話がより大きな主題を顕在化させるための導火線であったと指摘し、その理由を次のように述べている。「おそらくこの暗示的な逸話は、ハリーの過去にはり付いた意識を語る以上の、決定的に象徴的な心像を、あるいはエリスンの黒人意識に刻み込んだかもしれない。なぜなら、奴隷船の船上から大西洋の深みへと投げ捨てられてきた用済み奴隷をめぐる過酷な数世紀の歴史は、すぐにいかなる覚醒した黒人にとっても周知の事実だったからである」。たしかに今福の指摘は正鵠を射ている。それは、マルティニックの詩人Derek Walcottがカリブの紺碧の海に民族の悲惨な歴史を読みとり、その海を表現した言葉「あの灰色の納骨堂」を彷彿とさせる。

しかしながら、EllisonがInvisible ManのエピグラフにThe Family Reunionの一節を載せたのは、それだけではないように思われる。Invisible Manの主題はエピグラフを契機にして、この戯曲の主題そのものと、戯曲の題材になったAeschylusのOresteia三部作を射程において考えられるべきである。Eliotは、みずからの危機的な状況を克服するために伝統的な範型をギリシャ悲劇に求めた。Ellisonもまた、Eliotに倣って、混沌とした現実に秩序をもたらすために、その範型をギリシャ悲劇に求めた。

この範型こそ、Invisible Manの主題と密接な関係があるはずだ。では、その範型とは具体的に何だったのか。本発表の目的は、Invisible Manの中で謎めいた遺言をのこして死んでいった祖父の亡霊を念頭におきながら、この問いを考察することにある。キーワードは、復讐、和解、そして民主主義の原理である。