1. 2.20世紀のマーク・トウェイン――抑圧への対峙

2.20世紀のマーク・トウェイン――抑圧への対峙

大久保良子 防衛大学校

 

Mark Twain(1835-1910)の作品は、20世紀にかかる晩年の作品についてはあまり注目を集めてこなかった。というのも、度重なる家族の不幸や投機の失敗に見舞われた晩年期は、膨大な量の『自伝』マニュスクリプトを残したものの、作品は、ペシミスティックで、リアリズムを逸脱した断片的作品が多く、「想像力が枯渇」した時代として長らく捉えられてきたからである。一方で近年、晩年期の未発表作品の発掘や、伝記、マニュスクリプト研究が進み、Mark Twainのポピュラー・イメージを揺るがす晩年のTwain像が注目を集め始めている。伝記研究ではことに、晩年のTwainを取り囲んだ女性たちとの「スキャンダラスな」関係にスポットがあてられ、年老いてなおいっそう、近しい女性たちの愛情を独占し続けることを望み、意のままにならぬ現実を前に、嫉妬に狂うほどに縛られたさまが照射される。

このような晩年期に、そもそも女性や性の描写に関しては非常に保守的な作家であったTwainが、これまで作品内で注意深く抑圧・排除してきた性的欲望を自由に表出させうる空間自体を、リアリズムを脱してファンタジーの世界に創造しはじめたことは注目に値する。それは、これまで信じてきた世界を切り崩し、人間の、ひいては自分自身の抑圧した欲望に向き合う文学体験でもあったろう。本発表では、その軌跡を、“Letters from the Earth”(1909)、 “Eve’s Diary”(1905)といった作品に概観したのち、Twain最後の小説、No. 44, The Mysterious Stranger (1969、死後出版)を中心に考察する。

No. 44, The Mysterious Stranger執筆に際し、少なくとも3つの異なるバージョンのマニュスクリプトを残しながらも、Twainは最終的に、コロンブスのアメリカ大陸発見とほぼ同時期のオーストリアという時代設定を選び取り、物語や白人登場人物の随所にアメリカ的また黒人奴隷的要素を散りばめる。そして、時間と空間、自己と他者、人種、生死などあらゆる境界を自在に操る不思議な少年、No. 44との交流によって、16歳の印刷工見習いAugustに新たな世界のありようを見せる物語を創作した。Twainは、No.44を通じて、3つからなる自己――すなわち、様々な束縛を帯びた「昼間の自己」(Waking-Self)、眠っている時の自己で、「昼間の自己」よりはるかに優れた想像力を持つ霊でありながら、No.44により仮の肉体を与えられた状態にある「夢の自己(分身)」(Dream-Self /Duplicate)、「昼間の自己」や「夢の自己」が滅びても生き続ける「魂」(Soul)――をAugustに経験させ、現実には不可能な、憧れの女性Margetとのロマンスを描く。「昼間の自己」のMargetはAugustの「夢の自己」を愛し、Margetの「夢の自己」はAugustの「魂」を愛する、入り組んだ恋愛劇を通じて、Augustはどのような自己の姿を発見し、No.44の示す新たな世界のありように救いと解放感とを見出すに至るのか。現実世界ではさまざまな束縛をうける欲望や身体が解き放たれる新世界を創造する、Mark Twain晩年の想像力のありようを見ていきたい。