1. 1.互いの尾をむさぼり合う二匹の蛇――Tim O’BrienのIn the Lake of the Woods における動物のメタファー

1.互いの尾をむさぼり合う二匹の蛇――Tim O’BrienのIn the Lake of the Woods における動物のメタファー

濟藤  葵 慶應義塾大学(院)

 

Tim O’BrienのIn the Lake of the Woods (1994) は、1986年、ソンミ村の虐殺への関与と大隊員名簿の記録の書き換えによる事実隠蔽が発覚し、上院議員の選挙で落選してしまった主人公ジョン・ウェイドが、新たな人生をスタートさせるべくレイク・オブ・ザ・ウッズ湖へ妻キャシーと居を移すところから物語が始まる。ところが、新生活7日目に妻が行方不明になってしまう。小説の端々には、おそらく夫ウェイドが妻を殺害したのだろうという示唆がありながらも、小説の最後まで真実は明かされない。

H. Bruce FranklinやTimothy Melleyをはじめとする批評家は、この作品を、ソンミ村での悪夢や妻殺害の記憶を消し去ろうとするウェイドの個人的忘却と、ソンミ村の虐殺やそれ以前に起きた大量虐殺の記憶をアメリカの歴史から抹消しようとする合衆国全体の国民的忘却とを関連づけて論じている。これらの先行研究が示すとおり、ウェイド自身と合衆国の忘却は、本作品において大きな主題となっている。しかし、本発表において注目したいのは、ウェイド個人や合衆国の忘却したい記憶、罪の意識が、小説内に登場する動物のメタファーと深く関係しているという点である。

ウェイドの脳裏には二匹の蛇の映像がこびりつき、6回にわたり呼び起こされる。それは、彼がヴェトナムで見た、互いの尾をむさぼり合う二匹の蛇のことである。大学時代にキャシーの尾行に心血を注いでいたウェイドは、自らを蛇に見立てるとともに、彼女に自分たちもコブラのようにむさぼり合おうと言う。この蛇が食べるという描写は、アルコール依存症だったウェイドの父親が息子のことを“Jiggling John”と執拗に呼び続けたという、ウェイドが忘却したい少年時代の記憶とも関わりをみせる。一方、ウェイドに追われるキャシーは、泳ぎが上手く魚同然でとらえがたい存在として描かれ、魚のメタファーを用いて表現される。このように、キャシーが魚にたとえられていることは、ヴェトナム共産党のTruong Chinhがゲリラ戦を制するために説いた魚のメタファーを想起させる。さらに、舞台であるレイク・オブ・ザ・ウッズ湖も大きな動物の組織のようだという記述がある。もともとはインディアンを駆逐して開拓されたこの湖で、ウェイドは発狂する。インディアンに関する言及はこれにとどまらない。“John! John! Oh, John!” という、リトルビッグホーンの戦いでカスター将軍側のある兵士が泣きながら助けを懇願して発したとされる叫び声が3度も繰り返される。通常白人がインディアンに向かって呼びかける“John”というこの言葉を含んだ叫びは、合衆国のインディアン虐殺という罪の意識を思い起こさせると同時に、ジョン・ウェイドへの呼びかけも暗に示しているのだ。

以上のように、本発表では、今まで論じられてこなかったIn the Lake of the Woods に登場する動物のメタファーに焦点を当て、ウェイド個人のみならず合衆国全体が忘却したい記憶、罪の意識について考察したい。