1. 3.アウトサイダーとしてのClaude McKay ――周縁からの抵抗の可能性

3.アウトサイダーとしてのClaude McKay ――周縁からの抵抗の可能性

古東佐知子 大阪大学(院)

 

ハーレム・ルネッサンスの芸術家たちのなかで、Claude McKayはジャマイカ出身であるという点において特異である。彼は20歳代前半までをジャマイカで過ごし、渡米後もハーレム・ルネッサンスのブルジョア的雰囲気を嫌い、その活動から一定の距離を保っていたとされる。

アメリカ史においても、19世紀末から20世紀前半は、カリブ移民の波が押し寄せた時期であったが、彼らの存在は近年の研究まであまり注目されることがなかった。ニューヨークにおいてカリブの知識人たちは、コミュニズムの影響下、後のブラック・アトランティックの礎となる多様な急進派グループを形成したとされる。McKayもこの時代のコミュニズムに深く関与することになるが、しかしその正式な党員となることはなかった。ハーレム・ルネッサンス、コミュニズム、そしてフランスにおけるネグリチュードなど、さまざまな活動に関わりながらも、つねにその外縁にとどまることを選択したMcKayの「アウトサイダー」としての位置を読み解くことが、彼の文学の意味を探る上で不可欠と考える。本発表ではおもに以下の3点に注目したい。

第1に、McKayは以上のようにハーレム・ルネッサンスから距離を置いていたにもかかわらず、文学史の中ではその中心に位置付けられ、作家としてアメリカ化されてきた。これはハーレム・ルネッサンスもナショナリズムに支えられた文学運動であったからであり、その多様な価値や国際性はあまり注目されてこなかったからである。本発表では、Home to Harlem (1928)やBanjo (1929)において、黒人たちのハイブリッドな存在や価値をMcKayがいかに表現しているか見ていく。

第2に、ジャマイカにおけるMcKayの位置づけも曖昧である。彼は一般にジャマイカの国民作家とは見なされない。これは彼が若くしてジャマイカを離れてしまったこととも関係しているだろうが、より本質的に、彼が表象するジャマイカ自体が両義的であったといえる。McKayは一方で、アメリカやイギリスの読者に迎合するように、都市と対極をなすイメージとしてロマンチックなジャマイカを描いたが、もう一方では、プランテーションでの搾取やグローバル経済における労働者の移動などジャマイカの村々の現実に迫ろうとしていたのである。

最後に、自伝A Long Way from Home (1937)で「私は政治家ではなく詩人である」とMcKay自身が強調しているように、黒人労働者たちの日常生活を描いた彼の作品においても、重視されているのは、単なるプロレタリア文学の枠組みに収まらない人間的・感情的な部分である。コミュニズムの政治手法に批判的な意見も寄せており、イデオロギーに完全に統治されない部分が彼にとって重要であったということを指摘したい。

ディアスポラの作家であったMcKayは、つねに文化や国家の外縁に位置しており、何らかのイデオロギー的集団の中心に位置することはなかった。しかしMcKayのこの周辺性は、批評家のHomi K. Bhabhaの言葉を借りるなら、構築された均質性に裂け目がうまれ、萌芽的なものが現れる場所でもあっただろう。アウトサイダーとしての位置から、黒か白か、右派か左派か、アメリカかカリブかといった枠組みに回収し得ない何かを模索したMcKayの文学は今なお再考に値するもののように思われる。