1. 4.『天の馬車――ジュビリー・シンガーズの物語』のエラ・シェパードをめぐって

4.『天の馬車――ジュビリー・シンガーズの物語』のエラ・シェパードをめぐって

寺山佳代子 國學院大学北海道短期大学部

 

Arnaud Wendell Bontemps (1902-1973)が若い世代のために書いた歴史小説、Chariot in the Sky (1951) が今も版を重ねていることは、驚嘆に値する。この作品はアメリカ文化遺産としての黒人霊歌の重い歴史を伝えている。青少年はいつの時代も真実を求めていることを証明するものであろう。

Bontempsはハーレム・ルネサンス後期から小説家、詩人、エッセイスト、短篇小説家、児童文学者、伝記作家、劇作家、歴史家、文芸批評家、編集者として多岐に渡る活躍をする。主要作品としてはGod Sends Sunday (1931), Black Thunder (1936), Sad-Faced Boy (1937), Langston Hughesと共に編集した Poetry of the Negro,1746-1970 (1970), 編集したThe Harlem Renaissance Remembered (1972)等が挙げられるが、Chariot in the Sky は長くその選外に置かれていた。時の流れは意外なものに光を見出す。この小説は奴隷として出生した7名と自由人として生まれた2名のジュビリー・シンガーズの物語である。この9名のうち7名が新たな4名と共に、フィスク大学の財政危機を救うために、1873年、ヨーロッパへの演奏旅行をすることになって小説は終わる。この11名から成るオリジナル・ジュビリー・シンガーズの肖像画が、ロンドンでエドマンド・ハーヴェルによって描かれている。

主人公のカリブはサウス・カロライナ州チャールストンのウィロウプランテーションの奴隷であるが、北極星を頼りに逃亡したところ連れ戻され残虐な鞭打ちに遭う。やがてハーヴェイの洋服屋で働き、仕立物の技術を修得する。このように奴隷物語が展開する。南北戦争後は独学で文字を学び、熱い向学心に燃えフィスク大学に入学する。学費のために仕立物屋で働きながら学業に励む。奴隷時代に身に付けた技術に支えられて、南部再建期を生きる。カリブのモデルはメンバーの一人ベンジャミン・M・ホルムズと思われる。だがこの歴史小説が、エラ・シェパードでなく、カリブを中心とする物語に構成されているのは、意外なことと言ってよい。

エラは伴奏者とソプラノを務め、リハーサルの指導もする。また彼女は「父は1800ドルで自由となり、娘のわたしを350ドルで母の奴隷所有者から買うが、母を売ることは拒否される」と家族の物語を語る。南北戦争の従軍を経てフィスク大学経理課長のジョージ・ホワイトがボランティアで学生を集め、合唱を指導する。彼は学生が歌うので黒人霊歌を知り、それを編曲し歌詞も当世風に換える。しかし、Michael L. CooperがSlave Spirituals and the Jubilee Singers (2001)で描いた「エラは母が歌ってくれた『ゆれるよ、心地よい天の馬車』をホワイトのために歌い、黒人霊歌のすばらしさを伝える」場面は、この歴史小説にはなく、カリブがこの歌を選曲し、メンバーが歌う。Bontempsはなぜ彼女を中心人物として扱わなかったのか。あるいは公民権運動やフェミニズムを経て、エラはどのように描かれているのか。

オリジナル・ジュビリー・シンガーズが、黒人霊歌を芸術としてアメリカやヨーロッパに認識させる。エラの実像を探ることから検討したいのは、そもそも黒人霊歌を世に送り出したのは、ホワイトか、エラか、合唱団かということだ。アメリカ黒人の芸術は音楽、文学だけでなく、アロン・ダグラスの作品に見られるように、美術も黒人の実存を表現する。しかも黒人霊歌は黒人芸術の核である。

フィスク大学スペシャル・コレクションに残るジュビリー・シンガーズの資料、エラの日記から、エラの実像と虚像に迫ってみたい。