1. 1.「戯画化された冷戦――Truman CapoteのThe Muses Are HeardとPorgy and Bess」

1.「戯画化された冷戦――Truman CapoteのThe Muses Are HeardとPorgy and Bess」

遠藤 容代 慶應義塾大学(院)

 

1955年の12月、Truman Capoteは、アメリカのオペラPorgy and Bess 公演に同行して、ソ連のレニングラードに滞在していた。そして、この取材同行記は、翌年、The Muses Are Heard (1956) として出版された。一見、非政治的に見えるCapoteが、冷戦緊張期に、ソ連への訪問を果たしていたのは、非常に興味深い事実と言えよう。しかし、本作品は、のちのIn Cold Blood (1966)につながるノンフィクション・ノベルの習作としてのみ、捉えられてきた。Capote自身も、新たなジャンル確立という文学的偉業を強調するために、インタビューなどで、The Muses Are HeardからIn Cold Bloodへという変遷を繰り返し説いてきた。このような作品位置づけに対し、本発表では、Porgy and Bess に潜む政治的意味や、それを作品内で揶揄してみせるCapoteの語りに注目し、The Muses Are Heard を社会政治学的コンテクストに定位し直すことを試みる。そして、最終的に冷戦作家としてのCapote像を新たに提供することを目指す。

Eisenhower政権の冷戦期(1953-61)には、アメリカを代表する芸術家・音楽家・舞踏家などが、“goodwill ambassadors” として諸外国に派遣された。その目的は、ソ連が行う共産主義勢力の拡大に対し、アメリカの民主主義的価値観の喧伝によって対抗しようという、極めてプロパガンダ色の濃いものであった。Louis ArmstrongのジャズやMartha Grahamのモダンダンス、抽象主義絵画展などが文化的な武器として国外に輸出されていったが、このような文化を用いた外交戦略の始まりが、アメリカン・オペラPorgy and Bess であったことは、十分に注意を払わなければならない事実である。Porgy and Bess とthe President’s emergency fund for international affairsとの緊密な関係や、David Monodが論じた「封じ込め政策」との関わりにおけるPorgy and Bess リバイバル論にとりわけ留意したい。

そのうえで、The Muses Are Heard におけるPorgy and Bess 公演の描かれ方を考察する。しばしば指摘されているように、Porgy and Bess 公演は、カーテン・コールのリハーサルに精を出すRobert Breenや、自分の身なりばかり気に掛けるIra Gershwinらの描写を通して、作品内で一貫して戯画化して描かれている。文化的大事業の空疎な内情がCapoteによって暴露されていると言える。が、より重要なのは、むしろ、作品内において、ソ連とアメリカの表象が混同している点に求められるだろう。アメリカとソ連の類似性を強調する台詞、敵国の盗聴を恐れつつ劇団員に対し同様の監視を行うアメリカ大使の姿などをCapoteは描き出す。このような二項対立の崩れは、Michael Roginらによって冷戦表象の特徴として研究されてきており、The Muses Are Heard は、自国の自由を維持するために敵であるはずの他者の論理を持ちだす、冷戦期アメリカの姿を見事に反映しているものと言えよう。本発表では、Porgy and Bess の政治的意味と、米ソ混同の表象に注意を払いながら、冷戦作家としてのCapote再考を推し進めていく。