1. 第6室(全学教育棟本館C23講義室)

第6室(全学教育棟本館C23講義室)

開始時刻
1. 午後2時00分 2. 午後2時55分
3. 午後3時50分 4. 午後4時45分(終了5時30分)
司会 内容
村上  東

1.「戯画化された冷戦――Truman CapoteのThe Muses Are Heard とPorgy and Bess」

  遠藤 容代 : 慶應義塾大学(院)

2.Flannery O’Connorと冷戦期アメリカ――“Everything That Rises Must Converge”における人種と服飾

  堀内 香織 : 中央大学(非常勤)

田中 久男

3.カーソン・マッカラーズとフィンランド王

  三輪 恭子 : 東邦大学

4.Katherine Anne Porter, “Flowering Judas”における主人公ローラの苦悩をもたらすもの

  加藤 良浩 : 北里大学(非常勤)



遠藤 容代 慶應義塾大学(院)

 

1955年の12月、Truman Capoteは、アメリカのオペラPorgy and Bess 公演に同行して、ソ連のレニングラードに滞在していた。そして、この取材同行記は、翌年、The Muses Are Heard (1956) として出版された。一見、非政治的に見えるCapoteが、冷戦緊張期に、ソ連への訪問を果たしていたのは、非常に興味深い事実と言えよう。しかし、本作品は、のちのIn Cold Blood (1966)につながるノンフィクション・ノベルの習作としてのみ、捉えられてきた。Capote自身も、新たなジャンル確立という文学的偉業を強調するために、インタビューなどで、The Muses Are HeardからIn Cold Bloodへという変遷を繰り返し説いてきた。このような作品位置づけに対し、本発表では、Porgy and Bess に潜む政治的意味や、それを作品内で揶揄してみせるCapoteの語りに注目し、The Muses Are Heard を社会政治学的コンテクストに定位し直すことを試みる。そして、最終的に冷戦作家としてのCapote像を新たに提供することを目指す。

Eisenhower政権の冷戦期(1953-61)には、アメリカを代表する芸術家・音楽家・舞踏家などが、“goodwill ambassadors” として諸外国に派遣された。その目的は、ソ連が行う共産主義勢力の拡大に対し、アメリカの民主主義的価値観の喧伝によって対抗しようという、極めてプロパガンダ色の濃いものであった。Louis ArmstrongのジャズやMartha Grahamのモダンダンス、抽象主義絵画展などが文化的な武器として国外に輸出されていったが、このような文化を用いた外交戦略の始まりが、アメリカン・オペラPorgy and Bess であったことは、十分に注意を払わなければならない事実である。Porgy and Bess とthe President’s emergency fund for international affairsとの緊密な関係や、David Monodが論じた「封じ込め政策」との関わりにおけるPorgy and Bess リバイバル論にとりわけ留意したい。

そのうえで、The Muses Are Heard におけるPorgy and Bess 公演の描かれ方を考察する。しばしば指摘されているように、Porgy and Bess 公演は、カーテン・コールのリハーサルに精を出すRobert Breenや、自分の身なりばかり気に掛けるIra Gershwinらの描写を通して、作品内で一貫して戯画化して描かれている。文化的大事業の空疎な内情がCapoteによって暴露されていると言える。が、より重要なのは、むしろ、作品内において、ソ連とアメリカの表象が混同している点に求められるだろう。アメリカとソ連の類似性を強調する台詞、敵国の盗聴を恐れつつ劇団員に対し同様の監視を行うアメリカ大使の姿などをCapoteは描き出す。このような二項対立の崩れは、Michael Roginらによって冷戦表象の特徴として研究されてきており、The Muses Are Heard は、自国の自由を維持するために敵であるはずの他者の論理を持ちだす、冷戦期アメリカの姿を見事に反映しているものと言えよう。本発表では、Porgy and Bess の政治的意味と、米ソ混同の表象に注意を払いながら、冷戦作家としてのCapote再考を推し進めていく。


堀内 香織 中央大学(非常勤)

 

南部のカトリック作家として知られるFlannery O’Connorの作品における社会文化的要素は、宗教性と対立する概念として理解される傾向が強く、これまで資本主義社会を反映する世俗性は否定の対象と見なされてきた。そのような「聖」と「俗」の二項対立を前提とした議論が多いなかで、オコナーをめぐる文化的批評の幅を広げたJon Lance Baconは、彼女がアメリカ社会への批判として冷戦期の文化を積極的に扱っていると論じる。しかし、ベーコンは最終的に南部性の問題を読み込む結論へと至っており、従来の批評的枠組みを超えているとは言い難い。南部を舞台としながらも、オコナーの小説にはアメリカ全体の社会文化的事情が映し出されているのであり、政治および経済状況をも視野に入れた国家との関係を含めて見直されるべきである。また、オコナーに関する文化的アプローチは、その世俗性を宗教性と切り離して議論する傾向にあるが、オコナー作品の「聖」と「俗」には独創的な相互交渉が見出される。

本発表では、公民権運動を正面から扱った作品“Everything That Rises Must Converge” (1964)における服飾に注目し、作中の人種的対立を冷戦期アメリカの大量消費社会との関連から考察する。オコナーの社会文化的意匠において、服飾は看過できないものでありながらも、その批評的分析は乏しい。白人主人公Julian Chestnyの母親と同じ帽子を黒人女性が身につけてバスに乗車してくることによって、黒人の地位向上を巡る親子間の反目が前景化されており、先行研究では旧南部と新南部の対立に重点が置かれてきた。しかしながら、この帽子が大量生産品である可能性に着目すると、アメリカ国家が冷戦構造のなかで生み出したイデオロギー装置としての消費文化に対する作者の高い関心が浮かび上がってくる。

対ソ連政策として、資本主義経済に基づく生活様式の優越性を強調し、自由と平等の理想を掲げるアメリカにとって、国内の人種差別は深刻な問題であったが、冷戦の文脈からオコナーと人種問題に関する考察は十分になされているとは言えない。体制順応主義へと傾く冷戦期のアメリカ社会において、個人は大量生産品を購買することにより社会への順応性を示し、心理的な安定を獲得した。服飾は個人の社会文化的アイデンティティを確立/偽装するものであり、その人種および階級コードは大量消費社会の出現により変化している。奴隷制度廃止以降、服装を選ぶことは、黒人にとって「自由」を意味する行為であった。1950年代末から大量生産品が流通するにつれて、服飾は人種と階級のヒエラルキーを覆す役割を強めていく。60年代には、白人の間で次第に帽子を被る流行が下火になっていくのに対し、黒人女性にとって帽子は、人種的誇りと宗教的意味合いの両面から重要なものであり続けた。帽子が具現化する世俗性が、聖性と混じり合いながら肯定的に描かれていることを検証し、冷戦期アメリカの人種問題との関わりから、新たなオコナー像を提示していきたい。


三輪 恭子 東邦大学

 

2001年のテロ事件などを経て、近年は、国際関係から見たアメリカについての考察が増加している。それに伴い、従来は、思春期の不安定な若者や社会から阻害された人間の孤独感について論じられることが多かったカーソン・マッカラーズの作品も、彼女が政治に高い関心を寄せていたことを受け、Reflections in a Golden Eye (1941)やThe Member of the Wedding (1946)などの作品に描かれた政治的要素に注目する論文も出てきている。アメリカが第二次世界大戦に参戦する直前、1940年代に書かれたカーソン・マッカラーズの短編 “Madame Zilensky and the King of Finland” (1941)および、その頃に書かれた短編やエッセイを中心に、当時のヨーロッパ情勢に対するマッカラーズの視点について考察することが、狙いである。

“Madame Zilensky”は、曖昧な点の多い作品であるが、それゆえに作品に多層的な意味を求めることを可能としている。「病的な嘘つき」とされるZilenskyは、存在しないフィンランド王を見たことがあるはずはないと問い詰められ、窮地に陥る。しかし、フィンランドにおける内戦を経た1918年、たった1ヶ月だけフィンランド王は存在していた。この歴史的事実に照らして作品を読んでみると、この国の持つ政治的意味合いが、強い現実味を伴ってくる。1939年から40年にかけ、祖国防衛のためにソ連と戦争状態にあったフィンランドが世界中の同情を集めていたことからも、マッカラーズのフィンランドへの言及は無自覚ではなかったと思われる。またドイツとソ連に挟まれていたという点からも、フィンランドはヨーロッパ情勢において見過ごすことのできない位置にあったのである。

歴史の隙間に垣間見ることしかできないフィンランド王は、Zilenskyが想像の世界に逃避していたのか、それとも真実を語っていたのかについての決定を困難にする。世界中を旅してきた “globe-trotter”であり、国の異なる3人の男性とそれぞれに子どもを作り、各国語を混在させて息子らと会話するZilenskyは、自称フィンランド人だが、その国籍は多分に曖昧である。また、彼女の年齢の判定も同様に難しい。物語が作品発表の1941年頃を舞台にしていると想定しても、彼女の関わっていた「戦争」は1918年頃と1939年頃との両方の可能性を残す。あらゆるものが曖昧にされ、そこから生じた混乱により、この作品は複数の戦争に重層的に言及しているとも考えられるのである。

揺らぎに満ちたこの作品の美しさと不思議さを、政治的な問題のみに絡め取ることは、物語の魅力を減じさせることは言うまでもない。作品の力を最大限に尊重しつつ、政治性に着目したい。


加藤 良浩 北里大学(非常勤)

 

Katherine Anne Porterの“Flowering Judas”(1930)は、1920年代初頭の革命の地メキシコを舞台として、主人公Lauraの裏切りと苦悩を描いた短編だが、いくつかのイメージを含んだ場面描写がなされていることや、主人公の曖昧で矛盾するかのような言動が様々な解釈を引き起こすことが原因して、Porterの短編の中で最も批評家の注目を集めてきた作品と言えるだろう。

指導者Braggioniの下で革命運動に参加するLauraは、夢の中で、彼女が運んだ睡眠薬を多量に飲み自殺したEugenioから、ユダの木から取った血のしたたる花を食べるように促される。彼の指示に従い彼女がそれをむさぼるように食べたとき、Eugenioは“Murderer! Cannibal! This is my body and blood.”と叫ぶ。Lauraは“No!”と応じるが、その自分の声で目をさました彼女は、再び眠ることに恐れを感じるのである。この主人公Lauraの苦悩は、何によってもたらされるのだろうか。本発表では、テーマが集約的に表現されている観がある、この結末の場面におけるLauraの苦悩の原因を探ることにしたい。

これまで、Ray Westをはじめとした多くの批評家によって指摘されてきたように、“Flowering Judas”は、Lauraが信仰するカトリックへの裏切りと彼女が現実に関わる革命への裏切り、すなわち両者に対する愛の欠如が作品の重要なテーマとなっていることは疑いない。またUnrueが述べているように、信仰と革命という、いわば相反する価値をもつこれら二つの事柄が彼女の気持ちを揺さぶり、彼女の苦悩をもたらす原因となっているとも言えよう。

しかし、私がより着目したいことは、Lauraが冷酷で残忍な性質をもつBraggioniから逃げようとする際に、時間を意識した表現がなされていることに加えて、明日という日を連想する彼女の心の状態が、たえず不安や怖れを伴っていることである。このことは、時が経てばいずれBraggioniにより性的に支配されてしまうという彼女の現実レベルの危機意識を反映しているようにも思われる。それだけではない。Braggioniはギターを弾きながら時の流れが人間に及ぼす影響についてLauraに語りかけているが、その言葉を聞く彼女が、幼児に受けたカトリックの訓育の影響を一つとして免れてはいないことに加えて、革命という一種非常かつ非持続的で、裏切りに満ちた状況に置かれていることを考慮した場合、時の流れそのものに対して恐れを抱く彼女の心境が明らかになるのではないか。そして、急変に満ち、陰謀と策略に満ちたその革命という状況のもと、少なからず好意を寄せるEugenioを裏切り彼への愛を否定したとLauraが無意識ながら感じているかぎり、夢の中で彼女が苦悩するのも、Eugenioに抱く自責の念と、時の流れに対して恐れを抱かざるをえない自らの気持ちがそのときLauraの意識に融合され、彼女を精神的に追い込むからではないか。