1. 4.スタインベックのTortilla Flat を読む――「ダニーボーイ」その後の物語

4.スタインベックのTortilla Flat を読む――「ダニーボーイ」その後の物語

酒井康宏 米子工業高等専門学校

 

本発表では、Steinbeck初期のカリフォルニアを舞台にした所謂Trilogy最後の作品Tortilla Flat (1935)をケルト文化の観点から論じたいと思う。

アイルランド民謡Danny Boy は、元々あったアイルランド民謡Londonderry Air の旋律にイングランドの弁護士Frederic Edward Weatherlyが、詞をつけたものであるが、その歌詞は戦場に息子を送り出す両親の歌として定着している。

本作品では、第1章「ダニーが戦場から帰り、家を相続し、寄辺なき人たちの保護を誓う話」(訳出は発表者)から物語が始まっていくのであるが、Danny Boy の歌詞 “But when ye come, and all the flowers are dying/ If I am dead, as dead I well may be/ You'll come and find the place where I am lying/ And kneel and say an "Ave" there for me.”の特に冒頭部分と最後の部分が、Dannyとその寄辺なき仲間たちの運命と物語の展開を暗示していると解釈したいと思う。

この作品において、まずケルト文化の表出が見られるのは、Steinbeckがこの作品を執筆するに当たって、モントレー生まれのスーザン・グレゴリーから伝え聞いた、昔から伝わるカリフォルニアの民話を基にしている点である。これはちょうど、アイルランド詩人W.B.Yeatsもその著The Celtic Twilight を執筆する際、フリンと名乗る老人から伝え聞いた、昔から伝わるアイルランド民話を基にしたのと同様な手法で、このような“story-telling”の手法はケルト特有の「語り」の手法なのか考察したいと思う。

次に、この作品のテーマをなすワインを始めとする「アルコール飲料」の解釈である。アルコール飲料は“spirit”と呼ばれ、「妖精」を表す‘ambiguity’をもつ。Dannyとその仲間たちが、ワインを飲むことによって、元々の性格であるところの「善人」が本性を表し、“Good Fellows”(「妖精」の意)となって、神秘的な‘gray twilight’(ケルトの薄明の光と色のImagery)の中でパーティーを催すという解釈を提示する。

最後に、Danny所有の2軒の家屋の焼失である。これに関しては、様々な研究者・批評家が様々な所説を述べているが、ここでは、敢えて「キリスト教」布教の問題から考察する。アイルランドでは、St.Patrickがキリスト教を布教する際に、森林等を焼かなかったのは、‘Druidism’のためではなかったのか。しかし、カリフォルニアでは、‘Carmel Mission’に見られる如く、キリスト教の布教に成功した。従って、2軒の家屋が燃えたのは、広い意味において、アメリカ文化のケルト文化に対する「パラドックス」ではないだろうか。

このように、ケルト文化からこの作品を読み解こうとすると、Steinbeckが作品作りにおいて、影響を受けた母方の血統とその伝統が垣間見られるのである。