1. 第3室(全学教育棟本館C13講義室)

第3室(全学教育棟本館C13講義室)

開始時刻
1. 午後2時00分 2. 午後2時55分
3. 午後3時50分 4. 午後4時45分(終了5時30分)
司会 内容
佐藤 宏子

1.Kate Chopin, “Ma’ame Pélagie”の転覆的サブプロット

  宇津まり子 : 山形県立米沢女子短期大学

2.Death Comes for the Archbishop におけるフェティッシュの意義

  志水 智子 : 九州産業大学

難波江仁美

3.Roderick Hudson におけるMalletの役割とJamesの道徳意識

  後川 知美 : 宇部工業高等専門学校

4.ルイザ・メイ・オルコットと酒

  福田 敬子 : 青山学院大学



宇津まり子 山形県立米沢女子短期大学

 

1892年に執筆された“Ma’ame Pélagie”はアンソロジーに収められたこともなく、Chopin作品のみを集めたコレクションでも収録しているものは少ない。評価されてこなかった理由は、The Awakening などでChopinが描く主体性や自己実現を求める女性像からはほど遠い、「父の娘」を主人公に据えているためだと思われる。独身で50歳のPelagieは、南北戦争後の30年間を焼かれた父の屋敷の再建に捧げ、遺跡の陰の小屋に妹と共に暮らし、細々と貯蓄をしてきた。実際の所、30年前には5歳だった妹は、姉が再現を目指す「過去」を覚えてはおらず、2人は夢を共有し得てはいない。時代から取り残されたような姉妹の空間に、若い姪が現在という時間を持ち込み、姪に強く惹かれる妹の姿を目の前にして、姉はついに再建を諦め、新築の家を建てる。

60年代末のPer Seyerstedは、姉と姪をそれぞれ過去と現在の体現者と捉え、両者の対立、そして過去の犠牲という構図をこの作品に見ている。それから30年以上を経たJohn Wegnerは、Pélagieは単なる保守的な女ではなく、独身を貫きながらプランテーションを経営する独立した女でもあることに着目している。北部に対峙する南部という図式の中、南部の抵抗の存続は女の子宮に託され、南部社会において母性は極めて重要なものになるとWegnerは指摘する。そして、Pélagieは15歳年下の妹を「娘」とすることで疑似母性を獲得し、それによって自らの独立性を隠蔽し、社会の要請に応えているという体裁を整えられるのだと解釈している。Pélagie像に新しい側面を見出した解釈ではあるが、Wegnerは過去と現在の対立、つまり世代による女の分断、そして過去の犠牲という構図についてはSeyerstedを踏襲している。

確かにこの作品は、屋敷の再建を諦め、新築の家を建てたPélagieが黒い服を身につけ、人々からは距離を置いて一人遠くを見つめている姿で結ばれており、少なくとも精神的には死を迎えたように描かれている。彼女は自らを犠牲にし、若い世代に場所を譲ったと考えざるを得ない。しかし、妹が姪に夢中になる様子や、姪が去るという知らせに泣き崩れる妹を姉が優しく慰める様子など、孤立した哀しい結末にはそぐわない女同士の緊密な関係が、同時進行で“Ma’ame Pélagie”には描かれている。この発表では、「父」「母」「娘」といった、作品のキーワードにもなっている家族関係の言葉を、ロマンティックな友情の文脈に置き直して再検討することで、姉妹そして姪という3人の女たちの関係を再読する。女の子宮に南部の抵抗の存続が託されるというWegnerの指摘は、言葉を換えれば、子宮の占有化に他ならないが、女たちがそれを再占有化するような転覆的サブプロットが存在していることを示したい。


志水 智子 九州産業大学

 

Willa CatherのDeath Comes for the Archbishop (1927)においては、まだアメリカに併合されたばかりの1850年代のニューメキシコ准州の民族事情と、そこに派遣されたLatourとVaillantという二人のカトリック神父の布教の人生が描かれる。ローマ教皇により派遣される立場である以上、LatourとVaillantに与えられたポストは、カトリシズムと西欧中心主義的なイデオロギーを異教の未開地に植え付けるためのものである。しかし彼らは決して威圧的な布教者でもなければ、険しいニューメキシコの自然の中で有利な立場であるわけでもない。彼らはニューメキシコの他民族性を受け入れ、人々の信頼を得ながら、求められた場合のみ宗教的儀式を施すまでで、共存するメキシコ人やインディアンと互いに決して理解できない思考方法や世界観を認めている。そして、LatourやVaillantがかかわるさまざまな民族にとってのフェティッシュ(呪物)の存在が、敬意を払われるべきものとして描かれていることに注目したい。本発表ではこの作品におけるフェティッシュの意義について論じていきたい。

プロローグにおいてローマで贅沢な晩餐をしながら、ニューメキシコについて語る枢機卿たちは、アメリカという国に対してFenimore Cooperの小説を通して好意を寄せている程度である。この後に実際に現地で布教生活を送るLatourとVaillantの過酷な現実が描かれることで、西欧中心主義的思考を体現する枢機卿たちの異文化に対する認識の浅薄さと傲慢さがあぶり出されていく。LatourとVaillantが生活する土地は、対ヨーロッパ的存在としてアメリカと呼ばれる場ではあるが、実際にはアメリカ支配を認めないメキシコ人、スペイン系以外のグリンゴと呼ばれるアメリカ人、アコマ、ナバホをはじめとするインディアン、そして二人の神父のようなフランス人といったように、多様な民族と文化習慣が混在し主張し合う地方である。LatourやVaillantが体現するカトリシズムの世界にも、Latourが建築を志す大聖堂や、奴隷女Sadaに与える聖母の姿のついたメダル、ロザリオなど、彼らにしか価値のないフェティッシュが存在する。ペコスのインディアンは火と蛇を崇拝し、アコマのインディアンはオウムを珍重する。ペコスの白人商人Orchardが、“The things they(Indians) value most are worth nothing to us.”と語るように、白人とインディアンの価値観の根本的な違いはそれぞれのフェティッシュによって表されている。LatourとVaillantは民族間におけるフェティッシュの違いを互いに理解と翻訳が不可能な聖域と認識し、それを侵犯する意向を持たない。フェティッシュへの敬意が描かれることでLatourとVaillantは、新司教区に任ぜられた彼らの役割が必然的に帯びる、西欧中心主義的世界観をその土地の人々に植え付け、彼らをその権威のもとにサバルタン化させる手先となることから免れている。さらにフェティッシュの存在は、歴史的には後にサバルタン化される人々の主張を代弁し、また「アメリカ」という包括的な国家概念の存在がいかに空虚で曖昧なものであるかを示唆する視座を与えてくれるのである。


後川 知美 宇部工業高等専門学校

 

Henry Jamesは、自選集New York Edition(1905−07)の序文において、Roderick Hudson (1875)が彼にとって「複雑な主題をもった最初の長い小説」であったと述べている。それまでも旅行記や書評、短編などを執筆していたJamesではあったが、本作品は、若き芸術家Roderick Hudsonの成功と崩壊という主題が、彼のパトロンでもあり友人でもあるRoland Malletの視点を通して提示される点でも複雑な要素をもったものだと言える。

先行研究では、Malletは主人公と並ぶ重要な登場人物だとみなされており、その役割は、James習作期の作品に見られたような、主人公に起こった事件を提示するだけの ‘witness’ の立場を超えて、‘observer’ とか ‘focalizer’ といったものに相当すると思われるが、それらを今一度きちんと整理した上で、本作品をとらえ直す必要があるだろう。

また、Jamesの道徳意識についてもしばしば議論がなされてきたが、作品内容との関連ではまだ考察の余地がある。そもそもJamesの道徳意識には、幼い頃から子供たちにヨーロッパでの教育の機会を与えてきたJamesの父親の教育観が大きく影響している。そのため、Roderick Hudson において、MalletがRoderickの身に起こる出来事を見守り、そこに加えられた彼の思考や分析といった内的状況を考察するにあたり、特有の環境で育ったJamesの道徳意識との関連を無視することは出来ないはずである。

そこで、本発表ではまず、この作品においてJamesがMalletに課した役割を明確にしつつ、Jamesがヨーロッパの様々な文化に触れるたびに強いられた選択、すなわち、その異質な環境に溶け込もうとするのか、それに反撥するのかといった選択において、彼が拠り所にしていたと思われる道徳観が、Roderick像をとらえるMalletの意識の中にどのように反映されているかについて検証する。さらに、Jamesはこの作品に対する自身の興味が「Malletの意識を中心に」物語を進行させることにあったと述べているものの、道徳意識という観点から本作品を評価する場合、これまであまり詳細に論じられたことのない他の登場人物の役割が、Malletの意識を中心に物語を進行させるというJamesの意向を裏切っている点があることを指摘したい。最後に、こうした作品の欠陥を明確にするために、Roderick Hudsonとほぼ同時期に書かれた“Madame de Mauves”(1874)と比較し、Malletのような役割は、Jamesが道徳意識の伝達方法を試行錯誤する中で編み出されたものであり、彼の中期、後期作品へと発展してゆく重要な側面を持っていることを明らかにしたい。


福田 敬子 青山学院大学

 

Little Women (1868)には不思議なシーンがある。メグが裕福な友人アニー・モファットの家に泊まりがけで遊びに行ったときのことである。きれいに着飾り、ちやほやされていい気になっていたメグは、ローリーにその姿を見られて恥ずかしいと思い、「今日のことは自分でお母さんに報告するから、あなたは何も言わないでね」と言う。しかし、その舌の根も乾かないうちに、メグはシャンペンを飲み始める。彼女はまだ16歳。当然未成年である。

家に戻ったメグは、ローリーとの約束通りに母親に自分が取った馬鹿げた行動を報告する。しかし、母親は、メグがシャンペンを飲んだことはまったくとがめない。ここで問題になるのはメグが酒を飲んだことではなく、世間が「マーチ夫人が娘を金持ちと結婚させようともくろんでいる」とうわさをしていることの方なのだ。

飲酒が推奨されているシーンもある。従軍牧師として戦地に赴いていたマーチ氏が倒れたという電報がきたとき、夫人は、ローレンス家から古いワインを2本もらってくるようにベスに命じる。また、ベスが危篤になって悲しみに暮れるジョーに対し、16歳のローリーはジョーにワインを渡すのだが、15歳のジョーは躊躇なくそれを飲んで「元気」になっている。このように、Little Women では飲酒は未成年にさえ許容されている。

Alcottが匿名で書いていた煽情小説のひとつ、Behind a Mask (1866)でも、飲酒は必ずしも否定的には捉えられていない。ワインで酔ったジーンは、うっかり自分が女優であった過去を話してしまい、世間体を気にする上流階級の男性との結婚に失敗する。しかし同時に、酒は「力と勇気」を与えるものとしても描かれており、ジーンは見事に玉の輿に乗る。

酒を飲んで気合いを入れるジーンの姿は、Alcott自身とも重なる。Alcottは、南北戦争中に従軍看護婦として働いていた間に腸チフスに感染し、その後はずっと体調不良に悩まされていた。舌は腫れ上がり、神経痛、頭痛、めまいに苦しんでいたAlcottが、「元気」になるための飲酒を肯定していたとしても不思議ではないからだ。

しかし、Little Women の成功で有名になると、Alcottの飲酒の描き方に大きな変化が起こる。続編Good Wives (1868)では、マーチ氏は「お酒は病気の時にしか使うものではない」と言い、マーチ夫人も「家では若い人に酒をすすめるのはやめよう」と言う。そして、メグもまた、自分の婚礼の席で、「ワインは水と同じ」という環境で育ったローリーに禁酒の約束をさせるのだ。さらにLittle Men (1870)では、ジョーとプラムフィールドで学校を運営するベアが「酒とばくちと悪態」が大嫌いなことが明記され、Rose in Bloom (1876)では、ローズのいとこチャーリーが、飲酒のせいで命を落とす展開になっている。こうして、Little Women の後は、飲酒は明らかに「悪」として描かれるようになっていくのである。

禁酒運動家としても知られるAlcott自身は、ときおり酒をたしなみ、麻薬や睡眠導入剤にも手を出していた。自分が必要としたものを、作品の中ではなぜ否定しなければならなくなったのか。健康オタクだった彼女自身の事情と当時の健康改革運動、禁酒運動の側面から、彼女の「酒文学」の世界を検証していく。