1. 2.エイハブと古代ローマのイメージ――Herman MelvilleのMoby-Dickに関する一考察

2.エイハブと古代ローマのイメージ――Herman MelvilleのMoby-Dickに関する一考察

西浦 徹 明治大学(非常勤)

 

1851年に出版された、Herman MelvilleによるMoby-Dickの41章、「モービー・ディック」において、語り手のイシュメイルは白い鯨、モービー・ディックにまつわる噂と、エイハブの過去に関する情報を整理しながら、モービー・ディックの正体、そしてエイハブの心のうちを推測する。イシュメイルは「エイハブのさらに大きく、さらに暗く、さらに深い部分はわからないままである」と前置きした後で、突然、ローマの遺跡について語り始める。この唐突に出てくる古代ローマのイメージを明らかにしたいという思いが、本発表の動機である。Moby-Dick において、エイハブは実に様々な人物にたとえられ、また、様々な事柄と結び付けられて語られる。もちろん、エイハブの特徴は一つの捉え方に限定されるものではない。本論も、エイハブに与えられた一つの特徴として、エイハブと古代ローマのイメージの結びつきを確認し、その意味を探るものであり、この小説の中で、今まで十分に議論されてきたとは言えない、41章のこの部分を分析し、エイハブ解釈の新しい方向性を切り拓きたい。

Moby-Dick 出版のわずか2年後に発表された短編小説、「書記バートルビー」においても、その舞台となる弁護士事務所にマルクス・トゥルリウス・キケロの胸像が飾られていたり、バートルビーが、カルタゴの廃墟にいるガイウス・マリウスにたとえられたりと、古代ローマに関する言及がいくつか見られる。また、Melvilleは1857年にローマを訪れており、同じ年にアメリカに帰国して、「ローマの彫像」という題で講演を行っている。このようなことから、Melvilleと古代ローマというトピックは非常に重要であり、さらに、今後も十分に研究する余地のある問題だと思われる。本発表では、Moby-Dick の41章における、ローマの遺跡について語られる部分とその前後の分析から始めて、ほかにも、この作品内に表れる古代ローマとエイハブの関係を、テクストを丁寧に読みながら、解明していきたい。それと同時に、「書記バートルビー」など、Melvilleのほかの小説、あるいは「ローマの彫像」などの講演も参考にしながら、議論を進めようと思う。

アメリカ人たちは自分たちの共和国を作る上で、ローマの共和制に影響を受けた。古代ローマがアメリカの理想だったといえるだろう。このことは、「書記バートルビー」において、有能なアメリカ人とされている語り手の弁護士が自分の事務所にキケロの胸像を飾っていることからもうかがい知ることができる。結論として、Moby-Dick においてエイハブと古代ローマが結びつけられているのは、Melvilleが、これを使って近代アメリカの姿を浮き彫りにし、さらに批判するためなのではないかという仮説を提示する。