1. 2.The Marble Faunにおけるローマの病

2.The Marble Faunにおけるローマの病

田島 優子 九州大学(院)

 

作家Nathaniel Hawthorneがイタリアを舞台として執筆した長編小説The Marble Faun にはローマの街中にただよう悪臭や不衛生さに関する描写が随所に見られ、これはDonatelloの故郷であるモンテ・ベニといった自然豊かな地域とは顕著な対照をなしている。この醜悪なローマの光景とともにしばしば作中で言及されるのが、19世紀にイタリアでも流行していたマラリアである。「マラリア」の語源がイタリア語の"mala aria"(悪い空気)であることからも分かるように、マラリアが蚊によって媒介されるということが19世紀末に解明される以前、この感染症は有害な物質を含む空気によってもたらされるものなのだと信じられていた。The Marble Faun においても、登場人物たちの健康を損なうものとして作家が嫌悪感をこめて描くのは、ローマの汚染された空気である。

ローマの公衆衛生やマラリアをはじめとする感染症の問題は、作家の伝記的事実に照らし合わせた上でも重要である。というのも、イギリス領事官を辞職したのちにHawthorneが家族とともにイタリアを訪れた際、娘のUnaがマラリアとみられる熱病に罹患してしまい、一時は危篤状態にまで陥っているからだ。『大理石の牧神』はHawthorneが旅先で娘の病状を気遣う日々の中で執筆した作品であり、作中にはその懸念が色濃く投影されているのである。

The Marble Faun においては、マラリアを引き起こすとされていた瘴気は、ローマの内包する精神的な堕落と強く結びつきを持つように思われる。例えばMiriamの不機嫌さや気まぐれな感情の変化といった「病的な兆候」は、ローマの不健全な大気にその一因があるかもしれないと推測されており、またModel殺人直前のDonatelloに対しMiriamは「陰鬱で病的な」ローマが彼の本来もつ喜びを奪い去ってしまったとしている。また殺人を犯した翌日に震えているDonatelloを見て、Miriamは「マラリアにかかったかのようだ」と述べてもいる。興味深いことに語り手を除けば、多くの場合マラリアという病への懸念を示すのは、過去に罪に加担していると考えられるMiriamである。高い塔の上に住み、ローマの不衛生さや罪悪に対して明らかに盲目であるHildaは、夏の間もマラリアの猛威を恐れることなく、主要登場人物の中では唯一ローマに留まっているのだ。

以上の点をふまえて、本発表ではThe Marble Faun に見られるローマの腐敗した空気やマラリアといった病の描写に着目することで、そこに表れるHawthorneの道徳観を読み取り、この作品に関する新たな解釈を導き出していきたいと思う。