1. ハリー・スミス編『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』の前衛性

ハリー・スミス編『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』の前衛性

慶應義塾大学大和田俊之

 

ニューヨークのフォークウェイズ・レコードより発売された『アンソロジー・オブ・アメリカン・フォーク・ミュージック』(1952)は、ボブ・ディランを始めとする多くのミュージシャンを触発し、60年代前半のフォーク・リバイバルに決定的な影響を及ぼした。

1926年から32年にリリースされたレコード84曲を2枚組LP3巻に収録したこのコンピレーションは、ハリー・スミス(Harry Smith)という男によって編纂された。画家や映像作家として活動しただけでなく、文化人類学や民族音楽学にも精通し、錬金術やオカルトにも造詣が深く、世界各地のストリング・フィギュア(あやとり)やウクライナ産のイースター・エッグなどの蒐集家としても知られる人物である。

その後も『アンソロジー』はルーツ・ミュージック再評価の文脈でたびたび取りあげられ、アメリカの〈過去〉に潜むゴシックでファンタスティックな様相をあぶり出す編纂物として注目されている。『ミステリー・トレイン』の著者グリール・マーカスも、このコンピレーションが醸し出す不可思議な世界観を “The Old, Weird America” と形容した。

しかし、スミスは『アンソロジー』を編纂する以前に西海岸の前衛映画のシーンにかかわっており、東海岸に移り住む理由のひとつとして「マルセル・デュシャンに会いたかった」と述べている。ニューヨークではアレン・ギンズバーグなどのビート詩人とも交流を深め、当時のイースト・ヴィレッジのカルチャーに深くコミットした人物でもあったのだ。

本発表では、『アンソロジー』をブルースやヒルビリーのコンピレーションではなく、ハリー・スミスというひとりのアーティストの〈作品〉として捉え、それをアメリカ文化における〈前衛〉の系譜に位置づけたい。シュルレアリスムと民族学が交錯し、抽象表現主義がアート・シーンを席巻した時代に1920年代から30年代にかけて録音された84曲はどのような〈響き〉をもたらしたのだろうか。『アンソロジー』の歴史的背景をあらためて検証すると同時に、その〈前衛性〉を解明したい。