1. ワークショップI(多民族研究学会)(全学教育棟本館C25講義室)

ワークショップI(多民族研究学会)(全学教育棟本館C25講義室)

もうひとつの公民権運動――60年代アクティヴィズムと文学

責任者・司会
長野県看護大学 西垣内磨留美
発表者
国士舘大学 松本  昇
松山大学 吉田 美津
青山学院女子短期大学 斉藤 修三
日本女子大学 馬場  聡



公民権運動の嵐が吹き荒れた1960年代は、時に「激動と変革の十年間」と称されることがある。主として注目されてきたのは、キング牧師やマルカムXといった指導者に率いられた黒人たちと権力を握る白人社会との闘いである。しかしながら、公民権運動は、必ずしも、黒人対白人の構図で収まるものばかりではなかった。本ワークショップを、看過されがちであった「もうひとつの公民権運動」に関する発信、検討の場とし、公民権運動の中に存在したインターエスニックやジェンダーの問題、メキシコ系が主体となった公民権運動、そして、それらをめぐる文学・芸術活動やジャーナリズムについて、多民族文学研究の立場から論じることとしたい。

「マルカムXを愛した日系アメリカ人女性」では、松本昇が、黒人の指導者マルカムXと日系アメリカ人女性の活動家ユリ・コウチヤマの関係を扱う。1965年2月21日、マルカムがニューヨーク・ハーレムのオーデュボン・ボールルームで演説を始めようとしたとき、彼は3人の刺客の凶弾に倒れた。すぐさま壇上に駆けあがり、苦しそうにあえぐ彼のそばに寄り添っていたのがユリ・コウチヤマである。マルカムを尊敬していたユリは、彼から多大な影響を受けた。そこで、彼女は彼からどのような影響を受け、それをみずからの活動のなかにどのように反映させたのかについて考えてみたい。

「アジア系アメリカ文学にみる公民権運動とジェンダー」では、吉田美津が、アフリカ系の運動に影響を受けながらアジア系作家が「アジア系であること」をどのように描いているかについて二作品を取り上げて考察する。1972年に上演されたFrank Chinの戯曲The Chickencoop Chinamanでは、アジア系の男性が父親像を模索する物語であることの意味を検討し、さらにそのChinを彷彿とさせる若い主人公を描いたMaxine Hong KingstonのTripmaster Monkey: His Fake Book (1989)では、ジェンダーの視点からアジア系が向かう方向をどのように展望しているか考察する。

「本質主義の誘惑に抗いながら:チカーノ運動にみるアート・アクティヴィズム」では、斉藤修三が、「チカーノ運動」と呼ばれるメキシコ系の公民権運動を中心に、60〜70年代のラティーノ市民運動を振り返る。そして同時期に花開き「チカーノ・ルネッサンス」と呼ばれた文学やアートのうねりの中に、ナショナリズム(民族文化的、国民国家的)を超え出ようとする契機を跡づける。

「マイノリティ運動とアンダーグラウンド・プレス」では、馬場聡が、60年代に新しいメディアとして注目されつつあった「アンダーグラウンド・プレス」とマイノリティ運動との関係について論じる。対抗文化の流れの中で、60年代の合衆国では「自主制作」、「自主流通」を基本にしたインディペンデント系新聞が次々に現れ、ありのままの文化の動態を報じはじめた。これらのアングラ紙はUPS(Underground Press Syndicate)によってネットワーク化され、60年代末には200以上の加盟紙をもつようになる。本発表ではアングラ紙のマイノリティ運動に対する報道姿勢はもとより、この新しいメディアが人種的マイノリティのアクティヴィズムを組織化するに際して欠かせない役割を担ったことを明らかにする。