1. 再演されるポストモダン―Vonnegut、SF、メタフィクション

再演されるポストモダン―Vonnegut、SF、メタフィクション

中山 悟視

 

Kurt Vonnegutは、1950年代に長編第一作Player Piano、第二作Sirens of TitanをともにSFの枠組みで執筆した。65年のGod Bless You, Mr. Rosewaterや同年に書かれたエッセイ"Science Fiction"には、SFというジャンルに対する曖昧な態度が見て取れるものの、63年にCat's Cradle、69年にSlaughterhouse-Five、73年にBreakfast of Championsと、メタフィクションの手法とSF的想像力を接続したポストモダン小説の代表作を書いた。80年代になると、SF的手法を抑制しながらも、ポストモダンと称される物語群を創作し続け、1997年には最後の小説となるTimequakeを書き上げる。85年にGalápagosで、百万年後の未来に人類進化の物語を夢想したことを唯一の例外として、Vonnegutはここで再びSF的な大仕掛け、"a sudden glitch in the space-time continuum"「時空連続体に発生したとつぜんの異常」を自らの幕引きに取り入れる。さらに、老SF作家Kilgore Troutがその中心に据えられることで、Vonnegutのポストモダン・メタフィクションは90年代後半に再演・再現されることになる。

"Call me Junior" と始まるTimequakeは、"Call me Jonah"とMoby Dickの語り手IshmaelをパロディしたCat's Cradleの冒頭を対象化する。また、Timequakeには、"autobiographical collage"「自伝的コラージュ」として書かれたエッセイ集(Palm Sunday, Fates Worse than Death)の要素も混ぜ合わされている。作中で幾度も繰り返されるように、出来に納得がいかなかったその作品の原形を"Timequake one"と呼び、そこに7か月ほどの間の"thoughts and experiences"を混ぜ合わせることで、ようやくTimequake (あるいは"Timequake two")は完成する。しかし、一度書き上げた原稿を再利用する(あるいは書き直す)ことは、よくある創作の裏事情であって、わざわざ告白することではないにもかかわらず、自らの失敗と苦悩を敢えて開陳するのは、それがかつてSlaughterhouse-FiveとBreakfast of Championsで見せた自己内省的語りの繰り返しなのであり、そこにこそVonnegut流のポストモダン小説の謀略が読みとれるだろう。

本発表では、Timequakeをその再現性に着目しながら、Vonnegutのポストモダニズムを自己内省的に再演するポストモダン小説として再読し、さらに上掲作品のいくつかを参照しながら、VonnegutのSF的手法とポストモダニズムとの関係性について考察してみたい。