1. 歴史小説とニューヨーク―アメリカン・アイデンティティを巡るイマジネーション

歴史小説とニューヨーク―アメリカン・アイデンティティを巡るイマジネーション

若林麻希子

 

ニューヨークとは、いかなるアメリカン・アイデンティティを育む土壌であったのだろうか。このような関心が、近年、アメリカ研究、特にその歴史分野において高まっている。ニューヨークがオランダ植民地ニューネザーランドを起源にもつことは改めて確認するまでもないが、このような出自が広くアメリカ合衆国の興りに与えた影響に関してはようやく体系的な研究が始まったばかりだ。Russell ShortoによるThe Island of the Center of the World(2004)は、オランダによる北米大陸入植に関連する資料の収集および英語翻訳を1974年以来地道に続けてきたNew Netherland Projectの最初の成果として、Edwin G. BurrowsとMike WallaceによるGotham: A History of New York City to 1898 (2000)などの既存のニューヨーク研究を進化させ、かつ“Dutch New York”なるトポスへの扉を開くことに成功した。こうした研究によって、民主主義、個人主義、さらには多元文化主義などのアメリカを特徴づける代表的なイズムの源泉を、Anglo Americaではなく、Dutch New Yorkの寛容主義や商業主義に求める視座も現在構築されつつある。

本発表は、必ずしも、“Dutch New York”とアメリカ合衆国の関係性を直接的に論ずるものではなく、むしろ、ニューヨークが許容する国家イメジャリーの様相を歴史小説の中に辿ることによって、文学研究の立場から、冒頭に掲げた「ニューヨークとは、いかなるアメリカン・アイデンティティを育む土壌であったか?」という命題に取り組むものである。歴史小説は建国期文学を支えた主要ジャンルの一つであるが、ニューヨークを舞台にした作品は意外にも多く、オランダ起源のこの土地が新興国家アメリカの過去を想像/創造する際に格好の材料を提供していたことをうかがわせている。“Dutch New York”に特別の関心を寄せた歴史家ペルソナDiedrich Knickerbockerを創造したWashington Irvingは、その代表的な作家であるが、本発表では、敢えて、ニューヨークの辺境を舞台に混成主体Natty Bumppoを生み出したJames Fenimore CooperのLeather Stocking-Talesを取り上げることによって、アメリカン・アイデンティティに宿る混成性へのイマジネーションをニューヨークとの関連性で論じることを目指す。Letters from an American Farmer (1782)においてCrèvecoeurがイギリス人、スコットランド人、アイルランド人、フランス人、オランダ人などのヨーロッパ系移民の混成主体(“mixture”)としてその人種的アイデンティティを提示したアメリカ人像は、Natty Bumppoにおいて先住民とアングロ・アメリカンの混成性へと変貌を遂げることになるが、このことに何らかのニューヨーク的意義を見出すことが出来ればと考えている。